現状、PSO2一色になりそうです。


by sora_hane
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廃人達の狂想曲~砂塵竜巻の大乱闘~

 ――グゥゥゥ。
 優しく世界を照らす陽光の下、春色の華やかな風が流れる公園の中に、余りに切ない音が大音響で響き渡る。のどかな世界を壊してしまう音を鳴らす迷惑者に、けれど周囲の友人が文句をつける事はできなかった。
 ビニールシートに乗ったまま、リリィが泣き声で呟く。
「……ひもじいよー……」
「言うな……大体、人の弁当八割喰らって言う台詞じゃないだろうが」
 両目から、隠そうともせずに大粒の涙を零す妹に、フィルはただただ半眼で呟いた。
 オリエンテーリングともなれば、其れなりの距離を歩く。当然、昼飯時の食欲は、普段よりは旺盛になるという物。その為に、リリィの弁当箱は普段の数割増の量が入っていたのだが――どれだけ量を準備しようが、忘れてきては意味が無い。
「あ、あの、リリィちゃん、ちょっとだけ、なら――」
「くれ――ムグゥ!?」
 ルルがそっと渡そうとしてくれた弁当箱を見たリリィの眼が、宝物を掘り出したハンターの色を見せる。フィルは妹を片手で地面へと押しつけ、ルルの申し出を断わった。
「ルル、それはいい。一口差し出したが最後、弁当全部喰われるぞ。それで無くともルルの其れは量が少ないんだ。気にせずに食べてくれ」
「う、うん……分かった、そうする……」
 モガー、とバタ足で暴れるリリィに、引きつった恐怖の声を浮かべて、ルルがスタスタと下がっていく。リリィの暴れ具合も有って、普段よりも凄まじく怯えていた。ルルが距離を取ると、まな板の上で暴れ終わった鯉のように、リリィの動きが鎮静化した。シクシクと零れてくる泣き声に、空気が一段と重くなる。
 と。
 唐突に、キィ、と車が止まる音がした。音の残響を考えると、かなりの速度で走ってきたのだろう、と推測できる。
 音がした公園の入り口に目をやると、其れらしき黒塗りのベンツから、数人の男が飛び出してくるのが見えた。皆一様に執事服だ。ついでに、弁当らしい箱を持っている。
 ――この集団は……。
 エキスターの面々が眼を白黒させるのに、フィルは一人溜息をついて、その中の一人を見返した。
「レイター。少々やりすぎじゃないか?」
 振り返った先にいた少年――何処か質の良い服を着こなす、レイターを見やる。彼はほんの微かに苦笑してから、楽しげに笑った。
「僕だけが悪い訳じゃないと思うんだけどねぇ。ていうか、妹さんに食事を運んであげた人間に、何かしら言うべき事は無いのかい?」
 不敵に笑う少年に、エデンは肩を竦めて呟き返した。
「まぁ、感謝はしてるさ。わざわざ悪いな」
「あぁ、言っておくが君の分は――」
「安心しろ。どうせ弁当箱四ツじゃ、全部リリィの腹に収まる……ホント、俺の事が嫌いらしいな」
 フィルは深い深い溜息から、ただレイターを見やった。嫌味を話す姿すら何処か様になっている、黒髪の少年だ。この町の重役の一人息子という立場であり、しかもとんでもない資本家である為、彼は時折こうして浮世離れした行為をしでかしてくれる。見ている分には楽しいが。
 その立場である事を――金持ちの跡取息子である事を快く思っては居ないのか、普段は可能な限りフィル達と同じ行動をしているが、エキスターが解決できない事で困っている時に、良くこうして執事達を呼び寄せる。リリィやルル、メイにマーク――要するにフィル以外のエキスターには、何の見返りも無く助け舟を出してくる。特に女性陣には。
 けれど、彼がフィルの為に無償で助け舟を出した事は一度も無い――まぁ助けてもらいたい事など何も無いが。しかも、完全に敵視されているらしく、表立った妨害こそないけれども、チクリチクリと嫌味を差してくる事が多い。もう慣れたし、相手にするのもアホらしいが。
「レイター、ありがとねー! もうホント助かったよー!」
「い、いやいや、お安い御用だよ、リリィちゃん。その代わりじゃないけど、良ければ今度食事にでも――」
「え、食事? フィルと一緒ならいいよー」
 ズドン、とレイターの体の中心辺りに、大きく太い弾丸が刺さった気がした。余りにも切ない表情で、ガクリと肩を落とす。最も、弾丸を発射した張本人は、弁当を喰らうのに夢中だが。
 彼は傍から見ても分かり過ぎる程、リリィに御執心。フィルが嫌われる要因もつまりは、確実に其れなのだろう。なんせ、リリィはずっとフィルと共に居るし――絶対に傍から離れようとしない、というのだから。
 ただまぁ、流石にこの状況であっさりと断わるのは、余りにも哀れすぎるが。
「折角弁当を届けて貰ったんだ。ちょっと位付き合ってやっても良いんじゃないか?」
「え、だからフィルと一緒なら良いって言ったよ? フィルだけじゃなくてさ、エキスターの皆とも」
 レイターの周囲により一層の暗闇が巻きついた。無理もないけれど、哀れすぎてどうしようもない。ルル達も、とても哀れみに満ちた目で彼を見るだけだ。
 ――リリィは他人の好意に疎いしな……。
「レイターはお前と二人で行きたいらしいが」
「えー? フィルと離れ過ぎるの嫌だよ……離れたら、あの時――」
 リリィの箸が止まる。空気がぞっと冷え込んだ。泣き声にも似た少女の声に、その場に居る全員が怪訝な顔になる。レイターすら。
 フィルもまた、言葉を失くした。
 ――…………。
「あぁ、分かってる。けどな、今度は流石に大丈夫だろ。周りにどれだけの護衛がつくと思ってる? あの時とは違う」
「分かってるよ、もうあの人達も居ないって! けれど、もう嫌なんだよ……!」
 リリィが涙を目尻に浮かべて叫ぶ。フィルは小さく溜息をついた。彼女と一生共に、なんて出来る訳がない。だからこそ、可能な限り早く独立して貰いたい物だが、まだまだ、暫くの間は不可能か。
「……リリィちゃん、何か有ったの?」
「まぁ、昔ちょっとな。レイター、悪いが」
 振り返ると、彼は少し疲れたように肩を竦めた。
「分かっているよ。僕も泣き顔のリリィちゃんと一緒に食べる気にはならないさ」
「悪いな――リリィ、箸を止めて悪かった。続けてくれ」
「あ、うん。ごめんね、レイター」
「あぁ、いいよいいよリリィちゃん。気にせずゆっくり食べてくれていいから」
 先ほどまでの落ち込み具合からは想像も出来ないほど、にこやかで朗らかな笑顔を作って、レイターが笑う――笑った時、既にリリィの興味は弁当へ戻っているのだが。
 地面に顔がのめり込みそうな具合に両腕を地面について跪くレイターに軽く黙祷してやりながら、フィルは残った三人に話し掛けた。
「とりあえず、この二人が暫くこれだし――暇潰しに、対戦でもやらないか?」
「――なぁ、フィル。なら、その相手をしてもいいか? フルバトルでやろうじゃないか」
 と。落ち込んでいた筈のレイターから昇った声に、フィルは首を傾げて振り返った。
 彼はゆっくりと立ち上がりながら、何処か座った眼差しを見せてくる。暗いオーラがその周囲を覆っていた。
「あぁ、構わないが。なんだ、八つ当たりか何かか?」
「――いや。君が頼られてるのが分かったから」
「目の前で完膚なきまでに倒して、権威を下げよう、か。まぁ構わないけどな」
 レイターが言葉に詰まったが、少なくとも否定はしなかった。執事に命じて、離れた場所に簡易対戦アイテム――プロジェクターを準備させる。
 ――……リリィが俺を頼るのは、別に強さだけでもないんだがな。
 内心で呟きながらフィルもまた腰を上げた。つい先ほども負けたばかりだというのに。
「ん、フィル、戦闘?」
「あぁ」
「そっか――頑張ってね!」
 歩いていくレイターに無邪気なナイフが突き刺さったのが見えた。ただ合掌――エキスターの面々も。
「ほへ? 皆どうかしたの?」
「リリィちゃん、もうちょっと、優しく、したげる、方が良い……」
「えぇ? ボク、何か酷い事言った? フィルを応援しただけなのに……」
「……うん、フィル君には凄く優しいね……」
「ルル、良い……これ以上は哀れなだけだ」
 フィルは力なく頭を振ってから、世界を丸ごと覆い尽くすように真っ黒いオーラを放つ対戦相手の下へと、多少やる気なく歩き出した。
 ――ま、余り負けたくはないしな……切り札を使わせて貰うか。
 テクリテクリと歩きながら、フィルはDSに手を伸ばした。今まで使わなかった切り札を含む、パーティを組み上げる為に。



「――さぁ、始めるぞ、フィル!」
 怨霊に操られているのかと言いたくなるような、暗く重いオーラを纏った少年が、初めの一体目を出現させる。
 其れが現れた途端、戦場となった公園の一角に、竜巻を思わせる莫大な砂嵐が巻き起こった。大地を蹴立て、天へと己の存在を吼え猛る、岩の怪獣――バンギラス。その特性『砂起し』によって、戦場の天候が『砂嵐』へと変化する。
 岩・悪タイプのポケモンであり、パラメータは伝説の其れへと迫る――合計種族値600の化け物だ。まぁ、タイプ相性上の弱点が六と多く、更に『格闘』タイプの一撃に至っては四倍という、正直パラメータの高さの割に意外と脆いポケモンだ。
 まぁ、逆に――この弱点の多さなど、この特性の前には気にもならないが。
「砂パーティか。だからフルを選ぶ訳だ」
 フィルは半眼で呟いた。レイターが僅かに口元を吊り上げた。

 砂パーティ――『すなおこし』による、永続天候『すなあらし』をキーに闘うパーティだ。
 砂嵐は『岩・地面・鋼タイプ以外のポケモンは毎ターン終了時1/16のダメージ』を受ける特殊な状況で、このパーティと戦う場合、毎ターンガリガリとHPが一方的に削られていく。もう一つ、『岩タイプ』のポケモンの特防が1・5倍に増加するという効能もある。バンギラス自身もこの適正を受ける為、実質パラメータは600族を超える物となる。
 霰パーティと違うのは無効化される範囲が広い――つまり、かなりの範囲のポケモンを砂パに組み込めるという所。シングルにおける強力無比な『メタグロス・ガブリアス』といったポケモンが砂パとの相性が良い。更に、ステルスロックのダメージも少ないポケモンばかりで、バンギラスのような化け物まで兼ね揃えている。そしてすなおこしによる天候変化は永続であり、更に出現するだけで変化する為に――『他の天候を砂に塗り替える』事まで出来る。
 パラメータ上でもパーティバランスでも、シングルフルバトルにおいて、このパーティは最強、だと言い切っても過言ではない。

 フィルのポケモンが、遅れて出現する。沼地に潜む山椒魚――ラグラージ。フィルとのバトルでも使用した、水・地面タイプのポケモンだ。砂パとの相性も悪くない。何より地面も水も、バンギラスには弱点だ。
「さっきの子だね。よりによって、それが先方か」
「面白いバトルになったな――始めるか」
 フィルが囁き、行動を決める。迷う時間もなく。レイターもまた、僅かなる思考の末に、答えを出した。

 初ターン。
「バンギ、挑発だ!」
 初めにバンギラスが動く――その体の前に人の手袋を思わせる何かが出現すると、くいくい、とバンギラスの方へと動かして見せた。其れを受けたラグラージの体中に、真っ赤な怒りの四つ角が出現する。
 挑発――相手に補助技の使用を封印する技。ラグラージが攻撃技を選択していれば効果は無いが――
「――読まれたか」
『ラグラージは挑発されて、ステルスロックが出せない!』
 フィルが吐き捨て、ラグラージが怒りに体を打ち震わせた。ステルスロックを撒けていれば、効果が弱いとはいえ、多少は戦線が楽になった物だが。
「ステルスロックを撒かれると、後々面倒だからさ」
「ま、ラグの先手ステロはメジャーな動きに入るからな――だが、よく読んだ」
 フィルは苦笑しつつ、操作盤を動かした。失敗して『地震』でも打たれよう物なら、即死していたのだが――多少のリスクを取ってでも、潰しておきたかった、という所か。
 ――初ターンは向こうの優位、か。さて、次はどうなるか。

 二ターン目。
 バンギラスが大きく吼え猛り、その周囲に数個、岩で象られた刃が生み出された。志向性を持って放たれた其れが、ラグラージの体へと埋め込まれて、引き裂いていく。
 岩技最強物理『ストーンエッジ』。威力100を誇る大技だが――
『効果はいまひとつのようだ』
 地面タイプへの相性は、悪い。ラグラージの体力を二割半削り取った程度で終わる。
「流石にそれは読みすぎだ。挑発された程度で、ラグラージを引く訳が無いだろ――ま、こっちも失敗したが」
 遅れて動き出したラグラージは、まるで鏡写しのように、バンギラスの動きをトレースし――同じ技、ストーンエッジを打ち込んだ。
 相性自体は悪くないが、タイプ不一致の技だ。バンギラスのHPが四割弱削れ飛び、そうして止まる。
「地震読みを考えたんだがな」
 地震を回避する飛行タイプは、岩技を弱点とする。だからこその岩技だったが、アテが外れた。
 ――ま、お互いに痛み分け。次がどうなるか、だな。

 三ターン目。
 暫しの思考の末、レイターの選択により、バンギラスが粒子――へと帰る事無く、攻撃を開始する。
「全力で、噛み砕けッ!」
 バンギラスが大口を開いてラグラージに接敵し、思い切り体を噛み砕く――技名・噛み砕く。悪タイプの威力80の物理技。悪タイプは攻撃力が低い技が多く、噛み砕くという平均レベルの威力ですら、かなり高い部類に入る。
 噛み砕かれたラグラージの体力が五割削り取られて――だが、その瞬間に、山椒魚は隠し持っていた木の実をその体へと放り込んだ。
『ラグラージは持っていたオボンの実で、体力を回復した!』
 体力が回復し、ラグラージが残り五割にまで持ち直す――反撃開始。
「――吹き飛べ」
 ラグラージが両腕を振り上げ、振り下ろす――
 ――ズドン!
 轟音と共に、大地が揺れる。地面系物理最高峰・『地震』。タイプ一致・威力100。怪獣へと叩き込まれる弱点技の最高峰――
 ――ギォァァァァァ……。
 魂まで揺らす断末魔と共に、バンギラスの体が光へと還っていく。消滅した先方に、特に思う所も無く、レイターが二番手を選択する。
「――なら、次はこいつだ」
 粒子がポケモンの形を作り、次のポケモンが現れる。茸の帽子を被り、草色の皮膚を持つ、二足歩行の蜥蜴――キノガッサ。草・格闘という変わったタイプのポケモンで、攻撃力が『130』と群を抜く以外、パラメータは平均よりも、むしろ低い位だ。
 だが、ポケモンの強さはパラメータだけには現れない。キノガッサは相性面でも、草四倍ダメージのラグラージの天敵だが――それ以上に、ヤバイ事がある。
 ――まぁ、どっちにしても、次の行動は。

 四ターン目。
「戻れ」
 ラグラージが粒子へと消えて、フィルの手元へと戻る。代わりに飛び出した一体は、全身を闇色に染めた、悪の親玉を思わせる風貌のポケモン――ドンカラス。
 悪・飛行という特殊なタイプであり、攻撃と特功、HPが発達したポケモンだ。最も、素早さは平均より低く、他二つは更に低いが。だが、草物理技なら相性上一発は耐える。素早さも、ガッサに勝てる程度には振ってある。何より、特性『不眠』が、ガッサ攻略に最重要なアイテムだ。
 遅れたキノガッサの行動は――
『キノガッサは身代わりを作った!』
 HPを二割半削り、その体を覆う命のぬいぐるみを作り上げる。
 これで、一発分の攻撃は確実に止められる事になった。
「――ははは、悪いねェ!」
 レイターが勝ち誇ったように笑う。フィルはただ、唇を噛み締めた。最悪のパターンだ。
 ターン終了時。お互いのHPが削られた後で、キノガッサが持っていたアイテムの効果が発動する。
『キノガッサは持っていたどくどくだまで猛毒状態になった!』
 毒々球――所持者を『もうどく』状態へと変化させる、デメリットアイテム。だが、キノガッサの場合、このアイテムはデメリットを与えるアイテムではなくなってしまう。
 ――ヤバイ、か?

 五ターン目。
『キノガッサは集中力を高めている!』
 ぬいぐるみの中で、シュゥゥ、と気合が溜められる音がした。やはり、と理解しながら――止められない。
 ドンカラスが動き出す。両翼を羽ばたかせ、その体から冷気を纏った風を巻き起こす――氷属性特殊技『凍える風』。威力は55と物足りないが、ヒットした場合、100%相手の素早さを一段階低下させる(0・66倍にする)技だ。キノガッサにも相性が良い。
 最も、今回の攻撃は身代わりを破壊しただけで、本体に攻撃が届かなかった為に、追加効果は発生しなかったが。
 抜き身となったキノガッサが、後手で動き出す――
「ぶっ飛ばして殺れ、思いっきり!」
 レイターの咆哮を理解したように、キノガッサは軽いフットワークで烏の内側に潜り込んで、気合をかき集めた一撃を、その体へと叩き込んだ。技名・気合パンチ――必ず後手になる代わり、威力『150』という鬼のような格闘物理を叩き込む。
 ドンカラスとの相性は等倍だが、威力が余りにも並外れている。耐久力の低いドンカラスが耐えうる技ではない。
 烏は黒き羽を周囲に撒き散らすと、その一撃で絶命し、光へと吹き飛んだ。
 ターン終了時、毒がキノガッサの体を蝕む。けれどそれは、体力を削る所か、逆にHPを1/8も回復させた。キノガッサの特性『ポイズンヒール』――キノガッサが毒状態にあるとき、ダメージを受ける代わりに、HPを1/8回復させるという特性だ。状態異常は重ね掛けが出来ない為、今のキノガッサは『状態異常にならず』『毎ターン体力が回復する』状況にある。砂嵐のダメージこそあるが、そのダメージを上回る回復量がある。

「――ガッサ用のエキスパートも、無意味になっちゃったねぇ? どうするんだい?」
 ニタニタと人の悪い笑みを浮かべる少年に、フィルは淡々と答えを返した。
「そうだな。あまりに分の悪い賭けだが――コイツで行くしかないな」
 そうして、次のポケモンが光から出現する。
 愛くるしい水色の体に白の水玉模様。小さな尻尾をちょこんと生やした、水上を歩く水兎――マリルリ。タイプ水のみのポケモンであり、耐久力は平均以上にある物の、攻撃力と素早さは滅茶苦茶に低い。パラメータ上は、だが。
 キノガッサとの相性もかなり悪い――水の弱点は草だ。それでも、手持ちの中では、コイツが一番正しい選択だ。
「――は、何だ。そんな丸っこい水兎に、止められると思うとはねぇ。そもそも、コイツを殺せるのかい?」
 ――ん?
 レイターが呟いた言葉に、フィルは思い切り怪訝に首を傾げた。殺せるのか、も何も無いのだが。
「まさか、マリルリと闘った事無いのか?」
「ん? あぁ、僕は始めて見るな」
 コクリ、と素直にレイターが頷く。
「――そうか。だったら理解しろ。コイツの真骨頂を」
 フィルは僅かな冷笑を浮かべ、次の行動を決定した。

 六ターン目。
「それじゃ、先にキノガッサの真骨頂を見せようか――茸の胞子で、ぐっすりお休み!」
 キノガッサが全身を震わせ、無数の胞子をその体から噴出した。これこそが、キノガッサの真骨頂――キノコの胞子だ。これは効果こそ、相手を『眠り状態』にする単純な技ではあるが、問題なのは命中率――100%、という余りにも酷い技。
 眠り状態は、2~6ターンの間、一切の行動を封じられる最悪の状態異常。よって、普通の眠らせる技は『催眠術』で60%・『歌う』で55%。高い『眠り粉』で75%、ダークライ専用技『ダークホール』ですら80%だ。確実に外れる要素を持つ。『欠伸』は100%だが、効果を発生するのはHITしたその次のターンだ。
 が、パラセクトとキノガッサのみ使える『茸の胞子』は100%。先手を取られ続ける限り、確実に眠らされて、身代わり→気合パンチのギミックを味わい続ける羽目になる。普通の対戦では眠り状態に出来るのは一体のみ、という暗黙の了解があるが、マナーの悪い対戦者だと、平気で六体全員を眠らせる事もある。
 ぐっすりとマリルリが眠り――だが。
「――悪いな、ラム持ちだ」
 優しい光が水兎を包み込んだ瞬間、其れは眠っていた眼を開き、踊るように跳ね出した。ラムの実――オボンの実と同じ消費アイテムで、所持者が状態異常になった場合、其れを解除する能力を持つ。
 レイターが表情を歪める。これで、殺った。
「――だが、マリルリ程度の攻撃力で、コイツが落とせるとでも?」
「あぁ――『力持ち』って特性、知らんのか?」
 呟きと同時に、マリルリが高速で飛び跳ねる。トントンと地上を蹴って、キノガッサの内側へと潜り込む。そうして、振り被った小さな手に、冷気のグローブを纏って――
「マリルリは、種族値50――最大で特化した場合、112にまで増加する。力持ちはそのパラメータを『倍化』させる特性なんだよ」
 レイターの顔色が変化し、キノガッサに全力の一撃が捻じ込まれる。小さな腕の一撃は、腹の底まで轟く音を発生させた。
 技名・冷凍パンチ――威力75の氷物理技。
「倍化させた攻撃力は『224』――これは、種族値換算される場合『152』という超絶な高さをはじき出す。悪いがそっちのバンギラス、キノガッサよりも高いんだよ、コイツの一撃は」
 クルクルとバレーのように回りながら、マリルリがフィルの手元へと戻ってくる。己を超える攻撃力を叩き込まれたキノガッサは、一撃で光へと変わった。
 リリィが使うほどの愛くるしさを持ちながら、その攻撃力は超一流。技威力こそ低いが、それを十分に補うパラメータはある。
 光へと変わっていく相手を見つめて、水兎が誇らしげに小さく丸い体を前へと突き出す。レイターの額に青筋が立つのが分かった。
「フィルー、ガンバー!」
 どうやら食事を食べ終えたらしいリリィから、楽しげな応援。青筋が四つ角に形を変えた。
 ――今度、人との付き合い方について、じっくりと教えるべきか……?
 余計な怒りを増やしてくれたリリィに、つくづく嘆息しか出てこなかった。
「――だったら、これで落としてみせようか……!」
 憎悪に満ちた言葉と共に、三体目のポケモンが放り出される。
 全身を鋼の鎧に包み込んだ、四足で動く鋼の戦神――メタグロス。鋼の顔に走ったクロスラインと、その真横に存在する眼が、ギラギラと殺意を撒き散らしている。
 メタグロスは攻撃が『135』防御が『130』という高さを誇り、他のパラメータも素早さが『70』と多少低い以外は平均以上に存在している、ガブリアスやバンギラスと並ぶ『600族』の化け物。
 何より最悪なのは鋼・エスパーというタイプ相性が織り成す、600族としては有り得ない弱点の少なさだ。『地面』『炎』の二つしか弱点が無く、挙句抵抗は『10』もの数が有る為に、タイプによっては面白いほどに完封される化け物である。
 ――やれやれ、コイツが相手か。ったく、洒落にならん相手だ。

 七ターン目。
「グロス、高速移動!」
 少年の叫びに合わせて、メタグロスが上下左右へと動き回る。
『メタグロスの素早さがぐーんと上がった!』
 自身の速度を二段階、つまり倍化させる積み技――高速移動。これで次のターンから、尋常ではない攻撃力が鬼の速度で打ち出されるという訳か。
 だが、その選択はミスだと言えよう。マリルリの攻撃力なら、二発で叩き落とす事も不可能ではない。
 後手。マリルリが踊るように飛び跳ねて、一瞬でグロスに肉薄。思い切り小さな尻尾を振り上げて、思い切りメタグロスへと叩き付ける。水物理・アクアテール。水物理技の中では最高峰の威力90を誇る技。だが――
 メタグロスはあろう事か、その一撃を僅かに下がって回避して見せた。
『しかし、外れた』
 ――ここで、10%に泣かされるか。
 アクアテールは、命中率が90%しかない。一割の確立で外れるが、よりによって、このタイミングで外れるとは。
 ガリガリとマリルリのHPが削れて行く中、少年がクスクスと嫌らしく笑った。
「クク、折角のチャンスにそれじゃぁ辛いだろうね。残念だが、全力で行かせて貰うけどね!」

 八ターン目。
「――ぶっ飛ばせ、地震ッ!」
 メタグロスが地上を叩きつけ、激しい轟音と共に地を揺らす――地震。タイプ不一致だが、メタグロスのメイン攻撃『コメットパンチ』の鋼タイプは水タイプへの相性が悪い。当然の行動という所か。
 マリルリの小さな体が大きく打ち上げられ、HPが四割弱削られる。だが、まだ半分ある。動ける。
「――お返しだ。思い切り行って来い」
 タン、タン、とマリルリが踊るように跳ね、今度こそ掛け値なしの一撃を、戦神へと捻じ込んだ。
 攻撃タイプ水は、鋼には等倍で入る――メタグロスの体力が、一気に半分まで吹き飛んだ。
 ――さぁて、次はどうするか。
 フィルはマリルリのHPを確認した。削り取られるダメージを含めて考えると、恐らくは『乱数域』。運が悪ければ死亡し、運がよければ耐え凌ぐ。
 ――なら、賭けて見るのも悪くはないか。

 九ターン目。
「もう、一発!」
 もう一度、メタグロスが地上を揺らす。マリルリの体が度重なるダメージに、大きく地上へと倒れ伏した。
 ――どうだ?
 が。マリルリは、まだ命の灯火を消したくない、とばかりに立ち上がる。メタグロスの表情に、微かな怯えの色が浮かび――
 けれど。フッ、とマリルリの肉体から魂が抜けて、力なくその場へと崩れ落ちた。
「――いよしっ!」
 ――キュゥゥ……。
 哀しく切ない泣き声と共に、その肉体が光へと変わっていく。運が悪かった――乱数が、最悪の形に働いた。
 それでも、役目を果たしてくれた水兎を見送ってから、フィルは手持ちに視線を落とした。メタグロスへの対抗策――となれば。
「――すまんな。もう一働きしてくれ、ラグラージ」
 フィルは、HPが半減している山椒魚を放り出した。コイツが、恐らくはメタグロスを潰せるポケモンだから。

 十ターン目。
「先に潰しちまえ、メタグロス!」
 グロスが地面を全力で殴り付ける。懲りる事無く解き放たれる技、地震。けれど、ラグラージの耐久力は、マリルリよりも高い――ラグラージは残り一割という限界ギリギリの体力でありながら、その一撃を耐え凌いだ。
 なら――これで、終わりだ。
「――地震」
 瀕死寸前のラグラージが、最後の力を振り絞るように、思い切り大地へと両腕を振り下ろす。桁違いに揺らされた其れの衝撃が、戦神へと流れ込む――
『効果は抜群だ!』
 相性上、最高の技。メタグロスの半減していたHPなど、一瞬で吹き飛んだ。
 突き出された四つの腕から、ゆっくりと力が消えていく――その巨体を地上に落とし、メタグロスは光に消えた。
 600族を次々と落とされながら――けれど、彼は穏やかな表情だった。まるで、次のポケモンを待ち侘びているような。
「グロスもやられた。けれど、まだ。真骨頂、行かせて貰うよ――ガブリアスッ!」
 ――グルゥァァァァァッ!!
 大地を激しく蹴立てながら、降臨する砂の竜――ガブリアス。両翼の鰭を高らかと誇るその姿に、フィルは小さく歯を噛み締めた。ガブリアスは、他の六百族の中でも群を抜くポケモンだ。六百族中最速であり、物理攻撃面は異常なまでに多様、高威力。攻撃増強技も有れば、その特性が砂がくれ――砂世界で闘う限り、こちらの攻撃のヒット確立が低下する特性だ。
 砂パと最も相性の良い六百族――最も、敵に回したくない相手だった。
 ――レイターの切り札、か。


 降臨した破滅の龍を、フィルは瞳を反らず、ただただ直視し続けた。
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by sora_hane | 2008-12-08 22:13 | ポケモンバトル小説