現状、PSO2一色になりそうです。


by sora_hane
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Falseek第二幕・前『答えを探し始める初日』

 東寄りに浮かぶ太陽が、屋敷の窓という窓から朝日を差し込んでくる。開かれた窓から流れ込む一日が始まる風に、気分が高揚していくのが分かる。動き出しているメイドや執事達も、きっと同じ気分だろう。
 朝の始まりをフィルト家で迎えるのは、リノウの家庭教師をしているフィーナにとって、毎日の事だった。浮き上がるような感触の絨毯の上を歩くのも、メイドや執事が動き回る中をロイドの先導で歩いていくのも、毎日の事――ただ。
「ロイドさん。昨日のリノウ、どんな感じでしたか?」
 フィーナは無言では歩かず、ロイドへと話し掛けていた。彼の方も、歩く速度は落とさぬままだが、言葉を返してくれた。
「御嬢様はとても嬉しそうでした。お戻りになられてからお話を伺った所、友達になれるかも知れない、と仰っておりました。アクト様も、御嬢様を嫌っている様子は有りませんでした」
「そう……ありがとう、ロイドさん。それなら、今日は少し早く切り上げた方が良いかしらね?」
 リノウは今まで友達を作れなかった。そんな彼女が始めて友達を作れるかもしれないのだ。アクトには迷惑をかけるだろうが、社会勉強の一環として友達にしてしまうのも、悪くは無いのかも知れない。
「私に話を振られても答えられません。御嬢様の教師はフィーナ様なのですから。御嬢様が明るい方が、御主人様はお喜びになると思いますが」
 ロイドの答え方は実に型に嵌っている物だった。けれど、決して冷たくは無かった。リノウが明るく振舞う事を、嫌っている訳ではないらしい。
 ――機械じゃないしね、執事って言っても。
「フィーナ様。到着致しました」
 呼びかけられて気が付けば、既に目的地に辿り着いていた。白壁の合間に突如として出現する青の扉。リノウの部屋である事を示す色。青のペンキをぶちまけただけの装飾も何も無い扉だが、彼女はこの扉が気に入っているらしい。
「リノウ、入るわよー!」
 フィーナは一声かけてから扉を開いた。まず見えたのは、シンプルかつ巨大なベット。部屋を両断する、入り口近くに配置されたベットは、リノウがすぐに眠れるようにと自分で動かした物らしい。床の上には数十のぬいぐるみが、夜な夜な部屋の中で走り回っているかのように、乱雑に散らばっている。昨日より数が少ないのは、彼女が整理をしたのだろうか。
 部屋にリノウの姿が見えないのは、毎日の事だ。普段は眠っている時間だから。今日も、布団の中央が大きく膨らんでいる。フィーナは軽く嘆息した。
「リノウ、いい加減に早起き癖を付けなさい。それでも旅人になる人間なの?」
 説教じみた事を呟きながら、フィーナはリノウの布団に手をかけた。
「起きなさい、リノウ!」
 一息に、布団を引き剥がす。投げ飛ばす心地で布団を後へと放り投げ――フィーナは、ベットの中身に、ただただ瞳を丸くした。
 ベットの中で寝ていたのは、パジャマ姿のリノウ、ではなく。人間一人分の体積はある、ぬいぐるみ達の集合体だった。
「ぬいぐるみ、ですか?」
 ロイドが困惑したように呟いてくるが、フィーナはろくに話を聞いていなかった。ぬいぐるみが勝手に迷い込んでベットの中に入る訳が無い。リノウが詰め込んだだけだろう。
 何故か? という問いに対する答えは、たった一つでしかない。フィーナは深く深く嘆息し、ポツリと呟いた。
「また逃げ出したわね――リノウ」

 ◆◆

「――こんな朝早くから、一体何ですか?」
 太陽が天頂に差し掛かるよりは早く、けれど朝というには遅い時間。アクトは自室の窓から顔を出して、道路に立つグロウに半眼を向けた。
「もう朝には遅いだろーが……小僧。嬢ちゃん、ここに来なかったか?」
「リノウですか? いえ、見ていませんが。何かあったのですか?」
 欠伸交じりに、グロウに尋ねる。彼は苦そうに顔を歪めた。
「あの嬢ちゃん、昔から脱走癖持ちでな。時々街に逃げるんだよ。どんな仕掛けをしたって、何の効果もねぇんだ。最近は旅人の勉強を頑張ってたんだが、また脱走しやがった」
「それで、来るとしたら旅人である俺の所、ですか。残念ながら、来てませんね」
「って事は、ただ勉強が嫌になっただけか……分かった。嬢ちゃん見つけたら家に戻るよう言っといてくれ。それじゃ、さっさと成果を出してくれよ」
 グロウは最後に釘を差して、別の道へと走っていった。
 足音が高速で遠ざかり、戻ってこない事を確信してから、アクトは部屋を振り返った。
「リノウ、グロウさんもう行ったよ」
「みたいだね。ありがとー! 本当に助かったよ!」
 安ベットの上で、布団に包まって隠れていたリノウが、布団を放り投げて外に出てくる。投げられた布団を受け取り、アクトは静かに苦笑した。
「全く、さっきは驚いたよ。朝起きて窓を開けたら、リノウが高速で走ってくるのが見えたんだからさ。しかも窓から飛び込んでくるし」
「逃げられるとしたらここしか無かったんだよ。先生の家に忍び込む事なんかできないし。ロブさんがいたら二重に怒られるし」
「ったく、本当に脱走癖があったとはね」
 アクトは呆れて肩を竦めた。昨日の会話から理解してはいたが、まさか初日から見られるとは思ってもいなかった。
「むー。話を聞きに来てもいいって言ったのアクトじゃん」
「脱走して来いとまで言ったつもりは欠片も無いんだけど。ま、過ぎた事はもういいよ。どうせ匿ったのは俺が決めた事だしね」
 本来ならリノウを突き出してもよかったが、敢えて匿う事を決めたのはアクト自身だ。今更何を言ってももう遅い。
「さ、それじゃ俺は仕事に行くけど……どうせ、ついてくるんだろ?」
「いいの!?」
 リノウが嬉しそうに笑って、ベットから飛び降りる。尻尾が有ったらパタパタと振り回していた事だろう。
「駄目って言っても、勝手についてくるのは目に見えてるしね。どうせ初日は大した事をする訳でも無いし。それに、脱走してきた位だし、お腹も空いてるだろ? 奢るから食堂で腹ごしらえしようか」
 問いかけると同時に、グゥ、とリノウの腹部が律儀に返事を返してくる。真っ赤になって顔を逸らしたリノウの頭をポンと叩いてから、アクトは彼女と二人部屋を出た。

 安宿屋には、大体の場合安食堂が併設されている。ビニンの宿も例外ではなく、アクトとリノウはその食堂に足を運んだ。
「それで、さ……アクト。今日、は、何探、すの?」
「口の中の物飲み込んでから話しなよ」
 大盛りのハンバーグカレーを頬張りながらの問いかけに、アクトは半眼でリノウを睨んだ。
 食事マナーから行動力から、とても一介の御嬢様とは思えない。食事の好みもそうだが、どことなく子供っぽ過ぎる気もする。
 何か詰まったか、慌ててミルクを飲み込むリノウに嘆息しながら、卵サンドをつまむ。別段好みという訳でもなく、ただ一番安い物を頼んだだけ――リノウが高い料理を頼んだ分、否応なく倹約させられているだけだ。
「――っはー……死ぬかと思った」
「そのまま冥土に行っても面白かったのに。ハンバーグが喉に詰まって死んだ御嬢様、って永劫の笑い者になれたよ」
「なりたくないよ!」
「後世まで自分の名前が残るんだよ、面白いと思わない?」
「永遠に恥晒し続けるだけじゃん!」
「折角面白おかしく広めてあげようと思ったのに。そんなに嫌?」
「当たり前だー!」
 食堂全部に響き渡る声でリノウが叫ぶ。アクトは叫びをスルーして明後日を向いた。
「リノウはちょっと叫びすぎだよ。もうちょっと回りの迷惑を考えなよ」
「叫ばせてるのはアクトじゃない! とりあえず、教えてよー」
 大きく肩を落とし、リノウが視線だけを向けてくる。カレーを食べる手は止まらないままだが。
 ――どれだけ食欲旺盛なんだか。
「そんなに大した事はしないよ。今日は警察の本部に行って、資料を貰ってくるだけ。昨日の内に伝えてあるから、必要な情報は全部施設に置いておいて貰えるらしいし。本格的に探し出すのは、明日からになるかな」
「へー……ロブさんが一日も早く解決してくれって言ってたから、急ぐのかと思ったんだけど。そうでもないんだね」
「急ぐのも良いけどね。あんまり急ぎすぎると、大切な事や解決の糸口を見落とす事があるからさ。まずは情報を洗ってから、探し物を始めるのが普通のシーカーだよ」
 どんなシーカーであっても、当日中に締め切りがあるような急な仕事で無い限り、情報収集をしてから探し始める。駆け出しのレッドもベテランのグリーンも、やる事は同じだ。
「へー……それじゃ、ボクが案内するよ! アクトも案内欲しいだろうし!」
「だから連れて来たんだけどね。喰った分、しっかり働いてもらうよ?」
 当たり前だよ、とばかりにリノウが頷く。同時にカレーの皿が空く。
「食べ終わったみたいだね。じゃ、少し休んだら」
「ウエイトレスさーん、カレーお代わりー!」
 アクトは飲んでいたコップの中にコーヒーを吹いた。逆流した濁流を無言でふき取って、リノウを見やる。
「正気? カレーの大盛り、二杯目?」
「勿論だよ! あ、それとミルクパフェもー!」
 正気のようだ。挙句の果てに、デザートまで奢らせるつもりらしい。中身がなくて軽く薄い財布が、より一層薄くなる。
 ――後で請求しよう、必要経費で……。
 アクトは鉛の溜息を吐き出し、運ばれてきたリノウの食事を見て、力なく机に突っ伏した。



「……凄いね、ここまで多いんだ」
 囁き声に似たリノウの呟きが、沈黙の降りた部屋に響き渡る。アクトは彼女の隣に立ち尽くし、机上に重なった報告書の束を眺めていた。
 予定外の食事代を払わされた後、警察の施設から今回の事件に関連する報告書を引き取りに来たのだが――
 まさか、報告書の山が築かれる程も有ったとは思わなかった。
 作業机に積み重ねられた報告書は、天板の厚みを数倍にまで増やしている有様だ。想定していた量と、明らかに桁が違う。
「こんなに、見て帰るの?」
「始めはそう思ってたんだけどね、これはちょっと予定外……」
 椅子に腰掛けたまま呆然と呟くリノウに、アクトはそう答えるしかなかった。事件発生から二月程経過していたから、量が多い事は想定していたが、流石に予定外だ。
 ――むしろ、多すぎる……。
「とりあえず、読めるだけ読んでおくよ」
 力なく椅子に腰を下ろし、紙山の一角を掴み取る。紐で幾つかの束に分けられているようで、合計で百程の束が有りそうだ。
 こういった報告書は、字面は愚か文体すら書き手によって変化する。目を通すだけでも一苦労である類の情報。ここに居る間に読みきれるかどうか、若干怪しい量だった。
 天窓から零れてくる明かりを頼りに読み続けていると、リノウが恐る恐る訪ねてきた。
「ボクも、何か手伝おっか? アクト一人じゃ大変でしょ、この量……」
「気持ちだけ頂いておくよ」
 リノウの申し出を口だけで断りながら、報告書を一枚ずつ読み流していく。リノウが何を読んだとしても、どうせもう一度読まなければならないのだから、二度手間に過ぎない。
「何もできないのー? ボク、ずっと暇なんだけど」
「勉強サボって遊びに来た罰じゃない?」
「そんな罰受けたくない……先生からの説教だけで十分だよー」
 空気が抜けた風船の如く、少女が全身から力を抜いて項垂れる。その横で、アクトは無言のまま報告書に意識を傾けた。
 三つ目の束に手を伸ばした所で、リノウがのろのろと頭を上げた。
「……アクトー、何か話してよ。退屈で死にそうだよー」
「勝手について来たのはリノウだろ? 話してたら集中できなくなるから却下――あーもう、そんなに睨むな。ミルクか何か貰ってきたら?」
「そーだね。アイスクリームでも貰ってくるよ」
 ――食事から、まだ一時間も経ってないんだけどなぁ。
 席を立つリノウをちらりとだけ見て、ただただ呆れる。甘い物は別腹、と良く言うが、次元が違う。
 それだけ食べて太ってないのも、また凄い話だが。
「アクトも何か飲む? コーヒーでも貰って来ようか?」
「お願いするよ。置き場所がないから、簡単なサイドテーブルも」
「分かった、すぐ貰ってくるよ!」
 リノウはそう言って、駆け出すように扉に向かう。が。
 ――ガン。
 と、鈍い音がした。
「――ったぁー!」
 泣き声に振り向いてみると、内側に半分だけ開かれた扉と、その前で頭を抑えて蹲るリノウが見えた。飛び出そうとした所に、扉が開いて額をぶつけた、という所か。
「あぁ、スマン。大丈夫――って、リノウか?」
 扉の向こうから困惑した男性の声が聞こえてきた。昨日聴いた声。アクトは淡々と彼の名を呼んだ。
「ロブさんですか」
「その声は、アクト君か?」
 軋む音を立て、扉が全開にされる。その向こうに立っていた青年――ロブに、アクトは腰掛けたまま、軽く頭を下げた。
「情報を出して頂いて、ありがとうございます」
「気にしないでくれ。一刻も早く、この事件を解決して貰いたいだけだから。所で、どうしてリノウがここに居るんだ? 今日は授業だろう?」
 ロブがひたすら不思議そうに、足元のリノウを見下ろしている。
 当のリノウは涙目のまま、じっとアクトを見つめていた。何も言うな、と言いたいのかも知れないが、涙目では伝わらない。
 ――さて、言うべきか否か。
 アクトは少し考えて――けれど答えるよりも早く、ロブがポツリと呟いた。
「あぁ、そういう事か。脱走したな、リノウ? しかも、アクト君にも迷惑をかけてるな?」
 分かり易い位、リノウの体が動きを止める。涙目のまま、涙とは別の雫がリノウの頬を伝う。
 ロブは軽く溜息をつくと、資料室の扉を閉め、鍵を落とした。そのままリノウが座っていた椅子に腰掛けて、
「何度も注意されたし、僕からも何度も注意した筈だろう? リノウ、君はそもそも忍耐力が足りない。フィーナが君の家庭教師をやってるのは、何も――」
 大声で荒らげる訳ではなく、とても理論的な説教を開始した。熱心に教え込むのはいいが、後にアクトが居るという事を忘れている話ぶりだ。
 床に座らされているリノウが、ひたすら小さくなっている。下手な反論もできない分、怒鳴られるよりも辛そうだ。
「ご愁傷様」
 アクトはボソリと呟いて、四つ目の束に手を伸ばした。

 終る気配もなく続けられる説教を聞き流しながら、アクトは最後の紙束を床に並べた。
 ――まさか、説教が終る前に読み終えられるなんて思わなかったなー。
 説教が終るまでに読み終えられる程度の中身だったというべきか、報告書の束を読み終えてもまだ続くほど長い説教とするべきかは疑問だが。
 しかし、報告書の中身が薄かったのは確かな話だった。文章量は多かったが、役に立たない情報が多すぎる。分かった事といえば、連れ去られた現場の位置と、各現場に入った警察の人間の名前位だ。二ヶ月かかってこの程度では、犯人が捕まる訳も無い。
 ――でも、幾ら何でも質が低すぎるな。
 と。
「――以上。もう少し、周りの迷惑を考えなさい」
 そんな事を考えていると、不意にロブの声が大きくなった。説教が終ったようだ。
「はい……」
 泉の底から聞こえてきそうな、沈んだリノウの声。振り向いてみると、足を抱えて座り込む子供が居た。地面についた指がのの字を書いていて、表情は死人を思わせる程に暗い。
 ロブには疲れた様子が見えない。副隊長という立場上、説教は慣れているのかも知れない。
「ロブさん、終りましたか?」
 呼びかけると、彼は少し遅れて振り向いてきた。完全に説教に没頭していたらしい。
「あぁ、悪かった。アクト君、邪魔したね――ん? もう見終わったのかい?」
「えぇ。後で元に戻しておいて下さい。それと、ロブさんはこちらに何を?」
「君が来てるって聞いたからね、一通りの仕事を終らせて見に来たんだが。その情報、少しは役に立ったかい?」
「これだけ有れば、流石に。犯人や動機が分からないのが辛いですけどね」
 本心と嘘とを混ぜ合わせて答える。殆ど役に立たなかったと言いたいのは山々だが、警察に喧嘩を売りに来た訳でもない。
 ロブは嬉しそうに笑って言った。
「また新しい情報があったら、すぐに君に伝えるよ。だから、頼んだ。君とグロウさんしか、こっちは頼れないんだ。今は解決する事だけ考えて、頑張ってくれ――あぁ、リノウ。君はここに残っている事、いいね?」
 言い残し、即座に彼が部屋を去っていく。あの様子では、すぐにでもグロウ辺りを呼んで来る。
 部屋の隅でのの字を書き続けているリノウに、とりあえず声をかける。
「お疲れ様。それじゃ俺はそろそろ行くけど、どうする? ここで捕まる?」
 途端。今まで死んでいたリノウが、飛び跳ねて立ち上がった。捕まる、という言葉に反応したのか、慌てて左右を見回している。ロブでこの量だから、フィーナになると更に厳しくなるのかも知れない。
「ボ、ボクも行くからね! こんな所で捕まりたくない! 説教は嫌だもん!」
 涙目でリノウが叫ぶ。長く逃げれば逃げるだけ説教の度合いが酷くなる事を、果たしてこの少女が理解しているのかどうか少し気になった。
 が、特に関係もない話なので、何も言わない事にした。
「それはいいけどさー。表に出た瞬間に捕まるよ?」
 リノウの脱走癖を知っているロブの事だ。リノウを出さないように、と一人か二人は見張りを立ててもおかしくない。
「見張りの二人位、アクトが黙らせてくれるんじゃないの? シーカーって、戦う力も持ってるって聞くよ?」
「十秒もあれば無力化できるとは思うけど、どうして俺がしないといけないのさ。わざわざ警察といざこざ起こす気はないよ」
「ぅー……だったら、逃げる方法一緒に考えて!」
 リノウが涙を浮かべて、恨めしそうに睨みつけてくる。スルーして出ていく事も可能だったが、縋る子供の目を無視するのは、流石に気が引ける。
「しょうがないな。ま、今回は助けてあげるよ」

 ◆◆

「ロブさん、助かったぜ。嬢ちゃん見つからなくて苦労してたんだよ、こっちは」
 警察の施設内、隣を歩くグロウがそう言って僅かに笑う。炎天下の下を駆け回ったのだろう、滝に打たれた後のように水滴が体中に浮かんでいる。
 ロブは軽く笑ってかぶりを振った。
「いえ、気にしないで下さい。リノウの脱走癖はいつもの事ですからね。さっさとリノウを帰して、グロウさんには働いて貰わないと」
「あぁ。あの小僧に負ける訳にもいかねぇしな」
 小僧、の部分で僅かに言葉が強まった。駆け出しにベテランが負けるのは、やはりプライドが許さないのか。
「その意気で、犯人を見つけ出して下さいね。協力して欲しい所ですが、最終的に犯人を捕まえたというのなら、どちらが捕まえても構いませんし」
「分かってるっての――お、見張りつけてくれてたのかい?」
「えぇ。待てといわれて素直に待つ子じゃありませんから」
 見張りを立てて置かなければ、アクトの外出に合わせてついていった事だろう。敬礼してきた二人の警官に、ロブも軽く敬礼を返した。
「ご苦労さん。リノウは中に居るよね?」
「はい。アクトさんがすぐに出て行かれましたが、リノウさんは大人しく泣いていましたよ、と言っておられました。恨まれるの嫌だから、後でミルクか何か買ってあげて下さい、と伝言を残されていきました」
 という事は、大人しくしていたらしい。まぁ、あの部屋には他に出口が無いから、何もできない。採光用の窓こそあるが、リノウの背では机に乗っても届かない。二つの椅子を重ねて乗っても、まだ届かない程の高さにある筈だ。
「ありがとう。それじゃ、任務に戻ってくれ」
 二人に礼を告げて、ドアノブを掴む。最後のあがきに鍵を閉めているかと思ったのだが、普通に回った。
「リノウ。グロウさん連れてきたから、大人しく――」
 話しかけながらドアノブを内側に開く。資料室はの中で、リノウは大人しく座って――居なかった。
 天井に取り付けられた天窓が大きく開かれて、冷たい風が流れている。その足元には、足跡を付けた机と椅子が残されているだけだった。
「……嬢ちゃん、また逃げやがったんだな、結局」
「……そうみたいですね」
 二人して立ち尽くしたまま、グロウとロブはその場で呟きあう以外、何もできなかった。
 どうやってリノウが逃げ出したのか、何も分からないままに。
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by sora_hane | 2008-08-30 02:02 | 小説