現状、PSO2一色になりそうです。


by sora_hane
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

Falseek第二章・後『愉快な悪魔達』

 *前編の続きです。



 ビニン・ストリート。中央通と呼ばれるこの道は、商人と客との戦場だった。果物や青果の食料品から、置き場所に困る美術品まで、様々な商店がマーケットとして街路を占拠し軒を連ねている。その道の端々で、店主と客が激しく値段について火花を散らしあっている。
 客と商人が交差する戦場の最前線で、アクトは果物屋の店主を限界まで打ちのめしていた。
「――わ、分かったって! 10ラグ! それが限界だ、もう勘弁してくれ!」
「ありがとうございます。それじゃ二個で10ラグ、置いていきますね」
 悲鳴を上げた主人の手に10ラグ硬貨を滑り込ませ、林檎を二つ手に取った。
「ま、待ておぃ!? 普通一個――」
「私と彼女の二人いるんですから、普通は二人分ですよ」
 さらりと告げて、反論を潰す。そのまま何か言わせるより早く、アクトは笑いながら礼を告げた。
「いやぁ、本当にありがとうございます、こんなにお安くして頂いて。また買いに来ますねー」
「二度と来んな小僧ォー!」
 負け犬の遠吠えを聞き流し、リノウをつれてその場を離れる。中央通を一本外れ、裏道に入る。それからアクトは少し歩幅を落として、リノウの隣に並んだ。彼女の手に、買ったばかりの林檎を一つ握らせる。
 すると、リノウはこちらを見つめて、呆気に取られた顔で笑った。
「アクトってさ、何か凄いね……林檎、一個50ラグって書いてあったんだけど」
「あれはただの定価だよ。商品を買う時に定価そのままで買う奴はいないって。旅人の基本だし、リノウも値切る練習はしておいた方がいいよ」
 答えながら林檎を齧る。質の良い物だったらしく、瑞々しい果汁が口一杯に広がるのが分かった。
 リノウも林檎にかじりついて、幸せそうに笑う。どこか小動物にも似た、見ているだけで癒される笑顔だ。
「美味しいねー……本当にありがと、アクト。この林檎もそうだけど、さっき逃げるときも。バレたら、アクトも怒られるかな?」
「かもね。けど、肩車して天窓からリノウを逃がした、なんて証拠どこにも無いだろ? もしそんな事を言われても、適当にシラを切り通すよ」
 それに、ロブ達も逃げ出した方法など気にもしないだろう。今は大慌てでリノウを探し回っている筈だ。こんな住宅街なら、早々追っ手に見つかりはしない。
「それで……アクトは、この後どうするの? 事件の、現場とか、見て回るの?」
 シャリシャリと、林檎を芯まで貪りながらリノウが聴いてくる。アクトは少し考えてから、かぶりを振った。
「時間はあるからそれでも良いけど、今日はあの情報読んだだけで疲れたし。考えもまとめたいから、公園でも行ってのんびり昼寝でもしようかな」
 実の所、考えは大体まとまっている――馬車馬みたいに働くのが嫌なだけだ。
 すると、リノウは突然瞳を煌かせた。
「だったら、ボクに話聞かせてよ! 旅の事とか、外であった面白い事とか!」
 リノウの瞳の中に、キラキラと期待の色が瞬いていた。目を逸らしても、リノウの視線が質量を持ったように、心の奥底に突き刺さってくる。
 瞳を楽しそうに煌かせている少女の、その期待を裏切る事など、誰が許されるだろうか。
 ――反則だよ、この笑顔……。
 昼下がりの公園で昼寝するのは、人と関わらなくて住むし、相当に気持ちが良いし、安らげる時間なのだけれど。
 嘆息し、空を力なく見上げてから、アクトは頷いた。
「まぁ、いいよ。そんなに聞きたいんなら。どっかカフェでも入ってから――」
「やった! だったらこっちだよ! 美味しいミルク飲める、よく行くお店が有るんだ!」
「そこはせめて、美味しいコーヒーって言う所じゃ――」
 言い切る前に、リノウに腕を掴まれる。弱弱しい抗議など意に介した様子も無く、少女は爆走を開始した。

 ――住宅街、か。
 引き摺られるように走りながら、アクトは何となく事件の情報について思い返した。女性達が連れ去られた場所は、共通して人気の無い場所だった。大通りを一つ外れた通りや、昼頃の住宅街などが殆ど。人通りの多い場所、マーケットなどでは一切発生していない。今度も起きるとすれば、そういう部分だろう。
 この程度の事は、質の低い報告書からでも読み取れる。この住宅街にも数人、巡回している警官の姿が見えた。
 にも関わらず、警察の努力を嘲笑うように事件は起きている。警察の警護が薄い地点で、あるいは警護されている地域の中で。ロブが必死になっているのも、警察の威信に関わる事態だからだろう。警護区内で拉致られていては、警察の怠慢としか言えない話だ。
 だが、話はそれだけで済む物ではなかった。問題は、拉致した後の事だ。
 拉致するだけなら、どこでもできる。問題は、拉致した女性を如何にして現場から持ち去るのか、だ。これだけ警備が厳しくなっている街中で、女性を堂々と運べる訳も無い。何かにカモフラージュしたとしても、人を一人運ぶのだ。それなりに怪しまれる筈だ。
 ――怪しまれず、見つからずに運ぶってなると、方法は絞られてくるな。
 アクトは、走りながら僅かに俯いて――
「ついたよ、アクト!」
 リノウの叫び声に、考えが一発で霧散した。もう少しで、答えが思い浮かびそうだったのだが。
 溜息を一つだけ零して足を止め、カフェに注意を向ける。看板には「レスト」と書いてあった。これといって変哲も無い、大通りを歩けば幾らでも見つかりそうなカフェだ。
 リノウが扉を開いて、中に入っていく。来客を告げる鐘が、カフェの中に響き渡った。彼女に続いて、中を確認する。清潔に掃除された店内と、初老を過ぎた辺りのマスター。五つほどのテーブル席に、カウンター席。他と違っている所を見つけて下さい、という方が難しい。
 リノウは迷う事無くカウンターに腰を下ろしたので、アクトもその隣に腰を下ろした。まぁ、テーブルも全部使用されていたから、当然の結果だが。
「いらっしゃい。リノウちゃん、また来てくれたんだね。そっちの子は恋人かい?」
 マスターはそう、穏やかな声でリノウに問い掛けた。顔馴染、と言っていい雰囲気だ。
「こ、恋人なんかじゃないよー! 友達だよ!」
「一方的に付きまとわれて色々奢らせられる事を友達って言うんなら、多分そうなんだろうね」
 赤くなったリノウの言葉に、そっと補足を付け加える。途端、リノウは不満そうに、湿った視線を投げかけてきた。
「ボクだって案内したじゃん! それに、アクトがついて来てもいいって言ったからついてきたんだよ、ボクも?」
「ついて来るな、って言ったら帰ってた?」
 半眼で睨みつける。リノウは冷や汗と共に視線を逸らした。
「ほらね。あ、オレンジジュースお願いします」
「ボクはいつもの!」
「オレンジとアイスミルクだね。ちょっとだけ待っててな」
 マスターが手馴れた様子で棚から二つグラスを取り出す。片方はバケツ並に大きかったが。彼はグラスの上に手を添えて、瞼を落とした。そして――
『コゥル』
 短い詠唱がマスターの口から零れ落ちる。途端、マスターの手の甲が、一瞬だけ青白く光を帯びた。
 光は一瞬で収まって、同時に涼しげな音が鳴る。それは、空だったグラスの中に、小さな氷が零れ落ちた音だった。

 ――精術か。
 表情には出さず、内心で感心する。基礎中の基礎とはいえ、術が使えると言うだけで十分驚きだ。
 淀みなく飲み物を注いでいくマスターに、リノウが興奮したように言った。
「相変わらず凄いね、マスター! ボクもいつか使えるかなぁ……」
「そんな大げさな物じゃないさ。一年程修行して、氷が出せるようになっただけだしね」
「その初歩すら会得できない者は、シーカーの間でも半数近くは居るでしょう。使えると言うだけで、それは間違いなく誇ってよい物だと思いますよ」
「お、そうなのかい? それでも、こんな事にしか役に立たないんじゃ、あんまり誇れないねぇ。氷屋から氷を買わずにすむのは嬉しいけど――お待ちどう様」
 マスターは朗らかに笑いながら、注文した物とストローを目の前に置いてくる。バケツグラスに並々と入ったミルクが気になったが、あの食べっぷりを見ると理解できる気もした。
 冷たいグラスを取って、まずは一口飲み込む。甘すぎる事も無く味気なさ過ぎる事も無く、ちょうどいい美味しさだ。市場で売られている完成品ではなく、恐らくは自作のジュース。これはいいカフェを見つけたかもしれない。明日から数日間は足を使う事になるだろうが、その休憩場所にはちょうど良さそうだ――
「んくッ……ん。ぷはー。マスター、もう一杯!」
 そんな事を考えていた時、信じられない言葉を聞いた気がして、アクトは半眼で振り返った。
 リノウのグラスには、瓶で出した方が早そうな量のミルクが入っていた筈だが。
「はい、二杯目」
 ドン、と重たい音を立てて、バケツグラスがカウンターに置かれる。完全にリノウの動きを心得たタイミングだった。その横に、口周りを白く塗り潰したリノウが、空になったグラスを置く。全部飲み干したらしい、それも一息で。
 嬉々として二杯目に手を伸ばすリノウに、アクトは呆れ混じりに呟いた。
「……牛じゃないんだから、落ち着いてゆっくり飲みなよ」
「え? ゆっくり飲んでるよ?」
 そう言って、また一気にグラスを傾ける。どこがどうゆっくりなのか、教えて貰いたい物だ。
「――っはー! やっぱり美味しいね、マスターの所のミルク!」
 二杯目も空にしたリノウが嬉しそうに話す。マスターも、暖かい笑顔を見せた。
「相変わらず嬉しい事言ってくれるねぇ、リノウちゃんは」
「だって本当の事だしね! ここに来てミルク飲むのが、一番好きな時間なんだよー。元気になれるしね、やっぱり」
 口元のミルクを拭い取って、リノウが笑う。満足そうで、心地良さそうで、至福の時を過ごしていると分かる表情で――

 だが。
「元気になれた? なら、そろそろ勉強を始めないとね、リノウ?」
 ほんの些細な呼び掛けに、リノウが笑顔のまま凍る。動かないリノウの代わりに、アクトは背後を振り返った。
「あぁ、フィーナさん。ずっと待ってたんですか?」
 テーブル席から立ち上がった女性に、淡々と呼びかける。彼女――フィーナは、えぇ、と落ち着いた声で呟いた。素顔隠しの大きな帽子を取りながら、ゆっくりと近づいてくる。
「今朝脱走してから、リノウが来る場所を思い出して来てみたの。夜までかかる事も覚悟してたんだけど、予想より早く来たわね」
 とても穏やかで、嬉しそうな微笑。憤怒の色が見えなければ、心温まる笑顔だったのだろう。
 リノウは血の気が失せたまま、フィーナが近づくまで、ずっと凍り付いていた。が、フィーナが手を肩に置いた瞬間、弾かれたように彼女の方を振り返った。
「せ、先生ッ! ご、ごめ、ごめん、なさい!」
 怯えるように、体を震わせたまま、リノウが謝罪の言葉を口にする。若干、涙すら滲んでいるようだ。
 フィーナはその瞳を冷ややかに見つめて、やがて、軽い溜息を零した。
「謝る位なら、初めからしない事。でも、今回は許すわ。リノウが脱走するのは、昨日アクト君と話してた時の事を考えたら、何となく予想できたから」
「先生!」
 リノウが、瞳を震わせて呟く。フィーナはにっこりと微笑んだ。
「だけど、罰はあるから。今日しなかった分の勉強、良いわね?」
「そうだと思いましたー……」
 涙を零して、リノウが肩を落とした。重石でも乗せられているように、深く深く肩を沈めている。海に落としたら海底まで沈んでいきそうだ。
「それじゃアクト君、リノウは連れて行くわね。ここのお代は払っておくわ」
 フィーナは千ラグ札を抜き出して、カウンターに置いた。マスターも何も言わずにお代を受け取った。妙に慣れているのは、いつもの事だからだろう。そして、リノウを立ち上がらせ、連行して去っていく。
 アクトはジュースを飲み干してから、彼女達の後に続いた。そして店を出て、少し歩いた所で、アクトは、歩いていくフィーナの背中に淡々と声をかけた。
「フィーナさん。リノウを連れ去るのは、少し待って下さい。言わなければならない事が有ります」
「アクト! ボクの事、助けてくれるの!?」
 フィーナに捕まえられたまま、リノウが涙目で嬉しそうに叫ぶ。フィーナの足が止まり、理知的な瞳が真っ直ぐに見返してくる。絶対零度の世界に晒されているようだった。
 凍りついた瞳を見据え、アクトははっきりと告げた。
「リノウの昼食代を経費で立て替えておいて下さい。リガードさんに言えば大丈夫だと思います。リノウは煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」
「分かったわ」
『鬼ー!!』
 領収書と五千ラグ札を交換している所に、リノウの沈痛な悲鳴が飛んでくる。アクトは彼女を見やり、微笑んで手を振った。
「今度からは、フィーナさんの許しを得てから、話聞きに来なよー」
「たーすーけーてーよぉー!!」
「さぁ、覚悟はできてるわね? 今日はみっちりしごくからね、リノウ」
「嫌だー!」
 駄々をこねる子供のように、泣き喚きながらリノウが連行されていく。アクトはご愁傷様、と呟いてから、二人が遠くなるまで気楽に手を振り続けた。

 ――あの様子なら、暫くは出てこないかな。
 リノウ達が道の向こうに消えた後、内心でポツリと呟く。リノウを連れて歩くと、いつも以上に時間がかかる。早いうちに事件現場の下見を終らせなければならない事を考えると、ちょうど良かった。リノウに嫌われたかも知れないのは辛いが、後でミルクでも奢れば、きっと機嫌も直してくれるだろう。
 ――ま、とりあえず帰るか。
 アクトはクルリと踵を返して、自分の宿へと足を向けた。明日から始まる仕事の準備の為に。
 静かな裏道の一角に、一人分の足音だけが静かに反響し続けた。

 ◆◆

 カリカリと、リズミカルにペン先が動いていく。虫すらも寝静まる真夜中に、響き続ける音はただ一つだった。沈黙の世界に響く、眠りへと誘う子守唄。
 一心不乱に、指示された事を書き写していきながら、しかしリノウはペンを置いて、机へと項垂れた。いい加減、疲れた。
「――せんせぇ、寝かせてよー。もう、五時間も」
「たかが五時間でしょ? はい、無駄口叩いている暇があったら覚える事。覚えきれてなかったら、又一からやり直しだからね」
 フィーナがあっさりと、決定事項として宣言してくる。リノウは静かに涙を流した。
「……地獄だよー」
「その地獄を選んだのはリノウでしょ?」
「あうー……」
 反論もできなくて、リノウはただただうめき声を上げるしかなかった。
 と。
「ねぇリノウ、一つだけ聞かせて?」
「?」
 リノウは涙を拭って、彼女の方を振り向いた。勉強を始める催促が来ると思っていたから、不意を打たれた気分だった。
 彼女は手にしていた教科書を机に伏せると、真剣な表情で話し掛けてきた。
「あなたは今日、アクト君と一緒に居たのよね? 一緒にいて、楽しかった?」
「え? う、うん、楽しかったよ」
「明日も、一緒に居たいって思う?」
「勿論だよ! ……あの、先生。何が聞きたいの?」
 質問の理由が分からなくて、恩師に疑問を投げかける。どうしてこんな真剣な表情なのか、理解できなかった。
 彼女は少し目を細め、軽く俯いた後、何かを決心したように大きく頷いた。
「リノウ。明日から、勉強は夜からにしましょう。朝と昼の間は、アクト君の邪魔をしない程度に、一緒に居ていいわ」
 直後に彼女が宣言した言葉をリノウが理解するまでに、数秒の時間を必要とした。
「え? な、何で?」
 嬉しい申し出だけど、訳が分からない。こんな事を言われるとは、予想も何もできた物ではなかった。
 リノウの困惑に、彼女は僅かに微笑みながら、その答えを言葉にした。
「旅に出る上で、一番重要な事は経験なのよ。それと、誰とでも話ができる人見知りのなさ。知識だけは、後で幾らでも本で勉強できるけど、シーカーとして生きてる彼の行動や体験談から、学ぶ事はとても多いと思う。それはきっと、ここで勉強しているよりも重要な事だと思うから」
 話している内容は、少し難しくて、完全には理解できなかった。けれど――
「……先生、良いんだね! ボクがアクトの所に遊びに行っても!」
 リノウは、一番大切な事だけを拾い取った。又会える、遊びに行ける、話ができる。それだけで十分だった。
「今日の罰だけは受けて貰うけどね。明日からは、夕方までに帰ってくるのなら、遊びに行っていいわ。今日も、このテストで合格したら許してあげる」
「はーい!」
 それだけで、やる気が出て来た。リノウは投げ出したペンを手に取った。
 ――これさえ終れば、明日からアクトの所に行けるんだ、頑張ろう!

 結局、リノウが眠りにつけたのは、鶏が朝を告げ始める頃だった。
[PR]
by sora_hane | 2008-08-30 02:02 | 小説