現状、PSO2一色になりそうです。


by sora_hane
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Falseek第三章『答えの欠片を探す日々』

 起きたら、暖かいベットの中だった。可愛らしいヌイグルミに囲まれた、フカフカのベットの中だった。
 どうしてこんなベットに居るのか、ボクは何も分からなかった。どうやってベットに入ったのか、何も知らなかった。
 ――ここ、どこ?
 ――あぁ、起きたかい、リノウ?
 ボクの上から、声がした。顔を上げて、上を見た。知らない人が、ニコニコと笑っていたのが見えた。天使みたいな優しそうな人だった。
 ――おじさん、誰?
 ボクは聞いた。ボクの名前を知っているけど、ボクはこの人を知らないから。
 その人は、ボクの頭に手を乗せて、優しい声で答えてくれた。
 ――君の父親だよ、リノウ――

「――リノウ! 起きなさい、リノウ!」
「ひひゃいっ!」
 怒鳴り声に鼓膜を殴られて、リノウは反射的に上体を起こした。
 慌てて左右に頭を振って、声を上げた人間を確認する。けれど、周りには誰も居なかった。
「あれ?」
 首を傾げる。途端に、ため息が聞こえた。
「後ろよ、後ろ」
 声に指示されたままに、体を向けてみる。恩師が呆れ顔で立ち尽くしていた。
「あ、先生。おはようございますー」
 リノウは朝の挨拶と共に、ぺこりと頭を下げた。それから、頭を上げて大きく欠伸をする。今までずっと寝ていたのに、何だか酷く眠かった。
 ――にしても、懐かしい夢だったなぁ……何で、急にこんな夢見たのか、わかんないけど。
 軽く背筋を伸ばしながら、夢の中身へと考えを飛ばす。とても懐かしく、暖かい夢だった。初めて、両親と出会った日――リノウの記憶が始まった日。
 今、こうして生きているのも、あの日に両親と出会えたからだ。
 ――感謝してもしきれないや、父さんと母さんには……。
「おはよう、はいいのだけれどね。どうして、机で寝るかしらね」
 昔を思い出していると、先生の凍りついた声が飛んできた。
「机?」
 とりあえず、姿勢を元に戻してみる。長年使い続けてきた木の机と、涎がついてた教科書が目に付いた。
 腕を見てみると、頭が載っていたような跡が残っている。本当に机で寝ていたらしい。
 ――あれ? ボク、何でこんな場所で寝てたんだろ?
 昨日、何が有ったのか思い返す。しかし、答えになるような記憶は何一つ蘇ってこなかった。昨日何をしていたのかさえ覚えていない。
 後から、嘆息が繰り返される。バツの悪い思いで、リノウはフィーナを振り返った。
「先生、ボク、何でここで寝てるの?」
「昨日の徹夜勉強、忘れたの?」
 その一言は、暗闇の中でランプを灯すように、記憶の闇を一瞬にして取り払った。勉強をサボってアクトに付きまとった結果、最後に捕まって、次の朝になるまでずっと勉強させられていた事を。その時、今日からは勉強を夜からだけにしてくれる、と言っていた事も――
 アクトの所に行ってもいいと、言ってくれた事も。
「出て行くとき、ベットで眠るように言ったんだけどね。まさか灯りも消さずに、机で寝てるなんて思わなかったわ。ロイドさんに入らないであげて、なんて言うんじゃなかったわね」
 呆れ声でフィーナが呟く。リノウは少し頬を膨らませた。
「しょうがないじゃん、ボクだってこんな時間に寝るの初めてなんだし。テスト中もずっと眠かったもん」
 ――テスト中に、っていうか勉強してる間ずっとだったけど。
 正確に言えば、テストに入る前から、時々記憶が飛んでいた。きっと、その間は眠っていたのだろうと思う。こんな事言ったら、説教だから言わないが。
 折角アクトと会う時間をくれたのだから、今は存分にそれを楽しまないと――
「まぁ、次からはこんな事が無いように気をつけなさい。それよりいいの、アクト君の所に遊びに行かなくて? あまり時間無いわよ?」
「え――先生、今何時?」
 何か嫌な予感を覚えながら、呟く。フィーナはあっさりと答えてきた。
「もうそろそろティータイムね。三時前かしら?」
「嘘!?」
 座っていた椅子から跳ね起きて、閉じられていた雨戸を開く。太陽は南と西の中央にあった。
「今日の勉強は七時から始めるわね。それまでに戻ってきて、ご飯食べないと夕食抜きでやるわよー」
「い、今すぐ行ってきますー!」
 リノウは大声で叫びながら、追い立てられるように自室を後にした。服装が、兎が描かれた寝間着だという事も忘れて。

 数時間後、アクトに出会えなかった上に、夕食抜きで勉強をする羽目になって、机の上で泣いているリノウの姿がそこにあった。




 安宿に併設されている食堂は、常日頃と変わらぬ客の入りだった。ホールに入りきれないほどの客が来るわけでもなく、閑散としている訳でもない。
 そこに集まった客の一人であるアクトは、朝食である卵サンドに手を伸ばしながら、対面のリノウの話に耳を傾けていた。
「――って事なんだよ、昨日は。ホント、疲れたよー」
「馬鹿だねー」
 昨日、リノウが来なかった理由を、一通り聞かされて、アクトは笑いながらそう答えた。
 三時まで机で眠り続けて、起きたはいいけどパジャマのままで外に飛び出して、そして全部徒労に終わって、食事抜きで勉強をする事になった。これを笑わずして何を笑えというのか、と言い切れるほど馬鹿らしい話だ。
 けれど、彼女にとっては笑い話では済まなかったらしい。リノウが机を叩き、叫んできた。
「そんなに笑わなくたっていいじゃん! 本当につらかったんだから!」
 確かに、彼女には厳しい事だったのかもしれない。リノウの瞳には、若干涙が見えている。だが、ハンバーグカレーを高速で食べながら言われても、そのつらさは余り伝わってこなかった。
「つらいのは良いけど、話す時ぐらいスプーンを止めなよ。カレーはどこにも行かないからさ」
「お腹空いてるんだよー、何も食べて無かったから! それより、今度はアクトの番だよ! 昨日、ずっと何してたの?」
「この前言った通りだよ、ずっと現場を回ってた。幸い、ビニンの街はそんなに大きくなかったからね。昨日で殆ど回れたよ」
「へー……犯人とか、何か分かったの?」
 アクトは短く頭を振った。
「生憎、まだ分からない。人通りが少ない路地や、その周辺で行方を絶ってる人達ばかりだけど、どうやって女性達を隠したのかが全く分からないんだ」
 アクトは両腕を組んで、軽く背筋を逸らし、天井を見上げた。
 二ヶ月間もの間、警察がこの事件を解決できていないのは、どこまで行ってもその答えが見えてこない為だろう。発生場所からの逃走経路を考えれば考えるほど、不可能犯罪になっていく。
 警察の目を盗んで、女性一人を運ぶ。その行為自体が、ほぼ不可能だ。事件現場の周囲には、網を張るように警官達が巡回を行っている。模倣犯は全て、女性を運んでいる所を見つかって捕縛されている所からも、警戒の高さが窺える。
 事件現場の周囲には、民家が多い。その民家の幾つかが協力者の家だと考えても、発生現場はほぼ全てバラバラだ。警察に見つからぬように動いたとしても、二十以上の家が必要になってくる。第一、家に匿うとしても隣近所に怪しまれれば、その時点で隠し場所になりえない。無論、全ての事件現場から辿り着けて、なおかつ警官の巡回範囲に入らない場所などない。
 ――こういう事件だから、ロブさんがあんな高額を出したんだろうな。
 ビニンの警察隊副隊長の姿を思い浮かべ、苦笑する。彼は頭脳的な人間と言うよりは、明らかに肉体派の人間だから。
「それじゃ、今日はどうするの? 別の方法使って、答え探すの?」
「いや、現場を見て回るよ。まだ幾つか行ってない場所があるし」
 テーブルに残っていた最後のサンドを掴み、口に放り込む。咀嚼したそれをジュースで飲み込んでから、アクトは席から腰を上げた。
「それじゃ、そろそろ行こっか。どうせついて来るんだろ?」
 念のために聞いておいたが、聞くだけ無駄だというのは分かっていた。ついて来るつもりで無いなら、初めからここには来ないだろうから。
 案の定、リノウは楽しげに笑いながら、大きく大きく頷いた。
「勿論、ついていくよ! あ、その前に――」
「お代わり以外ならいいよ、何?」
「……うぅん、何でもない」
 リノウが不満そうに呟き、席を立つ。アクトは小気味良く笑いながら、伝票を手に取った。

 ◆◆

 アクトに先導されて、始めに連れてこられた事件現場は、アクトの宿から一時間ほど歩いた場所だった。彼が話してくれたままの寂しい通りで、住宅街と大通りの中間にある道だ。拉致して逃げるには良い場所みたいだ。
 でも。
「この場所って、逃げ場所無いよね?」
 何度も言われていた事だけど、リノウは改めてアクトに尋ねた。
 地図を見せてもらったから分かるが、この先は袋小路になっていた。道は激しく曲りくねっているけど、身を潜める場所も逃げる道も無い。少女達を閉じ込めておける倉庫がある訳でもない。そして、ここから大通りまでの道のりも一本道だ。途中で逃げる場所もないし、隠れる場所もない。
 彼もあっさりと頷いて肯定した。
「ここと大通りの間も、確か警官が巡回してたんだよね?」
「あぁ。最近だったから、大通りとの入り口に一人張ってた。その警官は、少女が路地に入っていったのは見てた。他の人は、誰も入っていかなかった」
「で、何で消えたって分かったの?」
「一時間後に、帰ってこない娘を心配した両親が路地から出てきたんだって。そこから発覚」
「どういう事なんだろ? 分かんないよー」
 リノウはうんざりと頭を振った。
 逃げ道も隠れる場所もない所で、少女が一人蒸発した。誘拐どころか、少女が一人で消える事もできないような場所の筈なのに。
「その警察官が嘘をついてて、誘拐犯たちが普通に運び出したっていうのは?」
 証言が全て嘘だったと考えれば、答えは凄く単純になる。けれど、それもアクトが力なく否定した。
「俺も始めはそれを考えた。けど、例え嘘ついてたとしても無理なんだよ。発生したのが日が暮れる前で、帰宅ラッシュのピーク。道を歩いている人に目立つし見つかる。蒸発事件が世間にも広まってたから、一発でアウト」
「うー……アクトは何か分かんないの?」
「分かってたらこんな場所で途方に暮れてないよ」
 最もな言葉だった。リノウはアクトと共に、二人で深い溜息を吐き出した。まるで、出口が壊された迷路に迷い込んだ気分だ。
 陰鬱と淀んだ空気の中で、しかし、アクトは気分を切り替えるように、背筋を伸ばしてかぶりを振った。
「ま、ここにいても仕方ないよ。とりあえず、他の場所を回ってみよう」
「……そうだね。他の場所で、何か思いつくかもしれないしね」
 リノウが気休めに呟くと、アクトもそうだね、と答えてくれた。特に期待している声ではなかった。

 結局、気休めは気休めに終った。残されていた数ヶ所を回っても、つくづく不可能犯罪としか言えなくなってしまっただけだった。



 乾いた土が水を飲み込むように、バケツグラス満杯に注がれたミルクがリノウの体へと消えていく。「レスト」のマスターは全てを分かったように、二杯目を無言で作っている。どうせ支払う事になるのだろう、大量のミルク代を思いながら、アクトは嘆息をジュースで呑み込んだ。
 リノウは二杯目を受け取って、グラスにストローを入れてから、答えが存在しない問題を出された学生のような声を上げた。
「どういう事なんだろうね」
 アクトはさぁね、と生返事を返した。最も、彼女が悩む理由が分からない訳ではなかった。
 あの後回った全ての現場の、全ての光景。その半数以上の現場で、女性達を拉致するのは不可能だという答えが出た。何度も地図と、道筋と。警官の行動経路と、方法と。何もかもを、二人で考えた。けれど、リノウと共に手に入れた情報から導き出されたのは、不可能の三文字しかない。
 そんな状況が、今、現実に起きている。リノウでなくとも、頭を抱えるという物だ。
「昨日回った所も、大体似たような感じだったの?」
「そうだったよ。ここまで見つからないとなると、見落としてる道でもあるのかも知れないね」
「つくづく、どうしようもないね」
 リノウが肩を落として、力なくストローを吸う。心から、悩んで、考えてくれているらしい。関係の無い筈の事件なのに。
 ただ、彼女が損得で動く人間ではないのは、数回話しただけでも何となく伝わってきた。困っている人がいる、事件が起きている。ただそれだけで、リノウが首を突っ込む理由になりうるのかも知れなかった。
「なんだい、リノウちゃん。かなり凹んでるねぇ、どうかしたのかい? それに、アクト君も浮かない顔だね」
「あれ、そんなに落ち込んでる風に見えました? 隠していたつもりでしたが」
 アクトは顔を上げて、話し掛けてきたマスターを見やった。表情には出さないようにしていたつもりなのだが、彼にはばれていたらしい。
「長年こういう仕事やってるとね、ちょっとした変化に気付くようになるんだよ。リノウちゃんに比べて分かりにくかったけどね」
「リノウみたいに分かりやすかったら、シーカーとして問題有りますよ」
「アクト、どういう意味?」
 真横から叩きつけられる殺意を無視して、素知らぬ顔でジュースを啜る。リノウは暫く睨み続けていたが、最後には諦めたように視線を戻した。
「あぁ、そういえばアクト君はシーカーなんだってね。昨日、ここに来てたロブさんから聞いたよ。何か、探し物でもしてるのかい?」
「最近、この街で色んな女の人が消えてる事件が起きてるでしょ? アクトは、その捜査の為にストラグルから来たんだってさ」
 ストローをくわえたまま、リノウが答える。マスターも知っていたらしく、あぁ、と思い出したように軽く手を打った。
「また凄い事件を調査してるんだね、アクト君。だが、その表情じゃ、解決には程遠いみたいだね」
「そーだよー、全然分かんないよー……犯人も見つからないしー」
 グラスの水位を下げながらリノウがうめく。アクトも何も言わず、ただ溜息を吐き出した。
 ――カラァン。
 と、出入り口の扉に取り付けられたベルが鳴った。リノウと共に、視線だけ振り返る。
 途端、リノウが驚いた風に目を丸くした。
「あ、グロウさん! 珍しい所で会ったね!」
 リノウが声をかけると、初めてこちらに気がついたように、グロウが視線を投げてきた。
「嬢ちゃんか。それに、小僧。いい所で会った」
 ――いい所?
 アクトはリノウと顔を見合わせた。いい所も何も、喫茶店の何が良いのか。が、困惑する二人には構わず、グロウはカウンターに近づいてきて、
「マスター。悪いけど、裏口から外に出してもらえないか?」
「あぁ、構わないが。グロウさん、何か見つけたのかい?」
 彼は多少興奮した声で、
「この店の裏で、妙な男達が集まってる、って聞いたんだよ。探り入れとこうと思ってな」
「男? もしかして、犯人――」
 アクトは掌でリノウの口を塞いだ。
「喋り過ぎないようにね、リノウ。グロウさん、それはどこからの情報ですか?」
「警察からだ。三日前に目撃情報が有ったって、下っ端の警官から教えられた」
 ――三日前?
 ふと、疑問が浮かぶ。けれど、それが形を為す前に。
「それ、ボクらに教えに来てくれたの?」
 掌を剥がして、リノウがグロウに問い掛ける。彼は即座に頭を振って否定した。が、すぐに笑みを浮かべると、
「小僧と出会ったら、教えようとは思ってたけどな。だから、いい所っつったんだよ。来るんだろ、小僧?」
 無論、その申し出を断る理由など、アクトにある訳がなかった。

 グロウが先に行った裏口から、音を殺して外に出る。人が一人通れるかどうかの細い道だ。その奥に別の道が見える。
 アクトは静寂に同化し――
「あ、ちょっと待ってよー!」
 けれど、後から静寂を粉砕する足音と声が追いかけてきて。アクトは溜息を吐いて、静寂を維持するのを放棄した。
「あのさ、リノウ。静かにしてろ、って言ったよね?」
「アクトがいきなり飛び出すからじゃん! ちょっと位ゆっくり行ってよー!」
 不満そうにリノウが叫ぶ。一秒前の言葉も理解してくれてないらしい。アクトは肩を落として、一言だけ呟いた。
「分かったよ……分かったから、何も言わないように」
「はーい」
 ――いいや、もう。
 色々と諦めて、歩みを再開する。と行っても、裏道に出る場所――グロウが先に張っていた場所までは、すぐに辿り着いたが。
 細道の角から僅かに顔を出し、裏道を確認する。今までと似た、人通りの無さそうな道だ。新聞紙も転がっていない綺麗な道だが、それはここを歩く人の数が少ない、とも言えるだろう。
 その道の一角、細道の反対側に、数人の男が集まっている。判でついたように人相が悪く、怪しさは抜群だ。それが集まって、小声で何か話している。
「あの人たちかな?」
 隣から顔を覗かせて、リノウが呟く。アクトは彼女の口の前で、そっと人差し指を立てた。
「嬢ちゃん、静かにしてくれ……」
 グロウからも呆れ声で言われ、リノウがむっと膨れながら口を噤む。少女が声を消した所で、意識を耳に集中させる。
「……ぁ、明日、ここ……四時に、女を拉致……逃げるのは、いつも……」
 途切れ途切れでは有るが、声が聞き取れなくは無かった。そして、断片から計り知れる言葉の内容は、明日の行動を決定させるのに十分な内容だった。
 ――ま、これで十分か。
「グロウさん、先に」
「ん、あぁ。分かった、俺はもう少しここにいる。ジョグさんに、何人か腕利きよこすよう言っといてくれ」
「分かりました。戻るよ、リノウ」
 必要な情報は手に入った。アクトはグロウに呟きかけてから、リノウにそっと耳打ちし、その手を引いた。
「え? アクト、あいつらは?」
「放っておくよ。今は見つからない内に、さっさと帰らないとね」
「え、え、何で? あいつら、犯人――」
 反射的にリノウの口を右手で抑え、半眼で少女を睨みつける。叫ばれるのは、余りにまずい。グロウからも冷たい視線がリノウに注がれていた。
 リノウもその事に気がついたのか、叫ぶ気配が消える。アクトは安堵の息を吐いてから手を離し、小声で呟いた。
「今は、まだ事件が起きてない。今襲い掛かっても、女性達がどうなるのか、何も分からないだろ? だったら、明日わざと事件起こさせて、その時に捕まえた方がいい。それに、こっちも味方が欲しいから準備しないとね。後、頼むから人の話聞いて」
「ご、ごめん……」
 リノウが雨に濡れた子犬のように縮こまって、小さな声で謝ってくる。アクトはもう一度嘆息して、それから、苦く笑った。
「まぁ、リノウの性格考えたら仕方ないしね。今度から気をつけてくれよ」
「う――うん」
 叫ばなくなっただけ、一歩前進と言うべきか。アクトは苦笑しつつ、グロウを残してその場を去った。



「明日?」
「はい。グロウさんからの情報なのですが――」
 治安警察隊本部・最上階。そこにただ一つ存在する隊長室の中で、リノウはずっと口を噤み、アクトが話す言葉を聞いていた。正確に言えば、何も言えないし説明もできないから話さなかっただけだけど。
 そして、二人が座る黒皮のソファーの前で、治安警察隊の隊長であるジョグは執務机に座って、無表情にアクトの話を聞いている。
 居たたまれない気分になって、リノウは適当に視線を彷徨わせた。
 ――にしても、隊長室って豪華なんだなぁ……ロブさんの部屋とは全然違うや。
 一階下にある、副隊長の部屋。ボロボロになった執務机と、花瓶に活けられた幾つかの花、それにロッカーがある位で、他の物は何も無い。机の上にフィーナの顔写真がある位だ。床もタイルが剥き出しになっている、殺風景過ぎる部屋。
 だが、この部屋は、まるでフィルト家の応接間にいるように豪勢だった。今座っている黒のソファーや、壁にかけられた華やかな絵画。傷一つ無い執務机。浮き上がるように柔らかい絨毯。天と地程に、他の部屋との差があった。
「――以上です。ですから、数十人程の派遣を要求したいのですが」
 と、余計な事をしている内に、全てをアクトが話し終えていた。
 ずっと無表情に耳を傾け続けていたジョグが、ほんの少しだけ表情を緩め、笑った。
「あぁ、そういう話なら依存は無い。レストに数人送れば良いんだな。ロブにそう伝えておくよ」
「ありがとうございます」
 アクトが淡々と礼を言うと、ジョグは気にするな、というように掌を左右に振った。
「礼を言うのはこちらの方だよ。ちょうどタイミングも良かった事だしな」
「タイミング? ジョグさん、明日って何か有るの?」
 あぁ、と椅子に寄りかかりながら、ジョグが答えてくる。彼は楽しげに笑って、
「本国から客が来るんだよ、この街にね。正確に言えば――」
「リガード=フィルト卿の後援者である貴族連中、ですね」
 その言葉を奪い取り、半分をアクトが続ける。言葉を奪われた彼は、しかし怒るでもなく、瞳を丸くしてアクトを見つめ返した。
「これは驚いた……何で分かった?」
「リガードさんの名前は、私が住処とする首都ストラグルでも伝わっていますからね。本国に何らかの関係がないと、地方貴族が名を知られる事は有りません。となると、本国内の有力な貴族に取り入ったのでは無いか、と考えるのは自然でしょう。三日目に連絡船の乗客名簿を一応調べておいたんですよ。その時に、幾つかの貴族がこの二ヶ月の間に、数回来航していた事に気がつきました。そのパーティで何を披露しているのかは知りませんが、そうやって貴族世界へと進出していったのでしょう」
 ――やっぱりシーカーなんだなぁ。
 淡々と伝えるアクトを見つめて、ふと思う。普段は強そうじゃないけど、リノウには分からない難しい事を話していたり、さっき見せた目つきだったり。彼もやはりシーカーなんだ、と実感できた。
「調べを深めてみると、面白い事も分かりましたよ。貴族らの来航に合わせるように、その日か一日前には少女の拉致が起きているみたいですね。まるで、この街が治安が悪い街である事をアピールするみたいにね。まぁ、理由はそれだけじゃないのかも知れませんがね」
「――何が言いたいんだい? リガード卿の敵対者がこの街に居るとでも?」
 ジョグの瞳が鋭くなる。アクトの発言、その真意を貫き見通そうとするように。
 しかし、ジョグが放った視線の刃を、彼は力なく笑って受け流した。
「そういう事が有るかもな、と思っただけですよ。深い意味は有りません。それとも、何か気に障る事でも?」
「まぁいいさ。実際、リガード卿を恨んでる貴族連中が居ない訳じゃないだろうしな。言いたい事はそれだけかい?」
 ――あれ? 何だろ? 少し怒ってる?
 リノウは内心で首を傾げた。気のせいかも知れないけど、語尾が少し強くなったみたいだった。怒る理由が無いから、気のせいだとは思うけれど。
「えぇ。それでは腕利きを派遣する件、宜しくお願いします。行くよ、リノウ」
 アクトが一礼してから、ソファーより立ち上がる。彼も何も気にしていないみたいだから、多分気のせいだったんだろう。
 リノウも彼を真似て礼をしてから、歩き出したアクトを追った。

 警察隊の本部を出ると、もう空の色が朱色に塗り潰されていた。海の方向を見やると、陽光を放つ暖かい太陽が、水平線に落ちていくのが見える。生きとし生けるものを暖かい住家に帰らせる慈悲の光だ。
 人で溢れていたストリートも、今はもう人影も無く、静けさに包まれている。アクトと二人で並んで立つと、朱色に照らされた演劇の舞台に居るように思えた。
「リノウ、送っていくよ。日が暮れるまでには戻った方が良いんだろ?」
「あ、うん。先生からそう言われてるから」
「それじゃ、行こうか」
 軽く言ったアクトに頷いて、彼と共に夕暮れの道を歩いていく。会話が無くて沈黙するけど、決して嫌な沈黙ではなかった。人影の無い道を二人だけで歩いていると、まるで世界に二人だけになったようで、少し恥ずかしく、けれど楽しい気持ちになれたから。
 けれど、今日の沈黙は、長くは続かなかった。
「ねぇ、リノウ」
「何?」
 沈黙を破って、声をかけてきたアクトに聞き返す。
「さっきジョグさんと話してた時、話に集中せずに周りを見てたみたいだけどさ」
「あ、うん……難しくて分かんなかったから」
 リノウは笑って誤魔化した。始めの内は聞いていたけれど、すぐについていけなくなったから。
「ん、まぁそれならそれで良いんだ。リノウには特に関係しないしね。けれど、一つだけ聞いてもいいかな?」
「いいよー。何を?」
「あの部屋には大量の家具が有ったけどさ。ロブさんとかの執務室って、あんな感じだったりする?」
「いや、そんな事無いよ。机と観葉植物が一つある位で、質素だよ。治安隊の隊長さんって給料多いんだな、って不思議だったもん」
 すると、アクトが僅かに瞳を細めた。見えない何かを見つめるように。
「どうかしたの?」
 呼びかけてみると、彼はなんでもない、と頭を振った。
「ちょっと気になったから聞いただけ――あ、それと、もう一つ」
 歩く速度も話すテンションも変えずに、アクトが言う。リノウは簡単に相槌を打った。
「何?」
「明日はレストでミルクでも飲んでて。俺にはついてこないようにね」
「うん、分かっ――てないよ! 何が、何で!? ここまで関わったんだから、最後まで居させてよー!」
 反射的に相槌を打ちかけて、リノウはアクトに食って掛かった。事件の最後と言う時に、どうして一人、蚊帳の外にいなければならないのか。
 アクトは返事を予想していたらしい。間髪入れずに立ち止まると、冷たい視線を投げてきた。
「元々、リノウはこの一件には関係ないだろ? 今まではついてくることを許してたけど、明日はそうは行かないよ。戦闘に一般人を巻き込みたくないんだ。邪魔だから」
 彼の言葉は、あくまで平坦で。事実を伝えるだけ、という口調で――それはつまり。リノウが邪魔者だという事で。
 理性が感情に飲み込まれる。リノウは彼へ向けて吼え猛っていた。
「ボクだって戦えるよ! 旅人になりたいって言ってからこの一年、ロブさんに格闘術をずっと鍛えられてきたんだ! 戦う覚悟も無くて、旅人になれる訳も無いんだし!」
 思いの丈を叩きつける。が、アクトの声は冷たく澄んだままだった。
「護身術の類だろ? 今必要な力は、自分を守る力じゃなくて、相手を無力化する力だ。何よりも、実戦経験がない筈だ。現場に入るのが危険すぎる」
「人間相手なら、警察官の訓練に混じってた事もある! ボクだって役に――」
「立てる!」「立てない」「立てるさ」
 声が三つ重なった。リノウの叫びと、アクトの否定と、一人の肯定。リノウは瞳を丸くして、声の方を振り返った。
 後に、背の高い男性が居た。美しいと形容されてもおかしくない、二枚目の男性――
「ロブさん! 何で、ていうかいつから居たの?」
 リノウは彼――ロブに、反射的に問い掛けていた。いつから後に居たのか、全く気付かなかった。
「隊長から連絡を貰ってね。アクト君から話を聞きたいと思って、追いかけてたんだよ。追いついたのはほんのさっきだよ――面白い話じゃないか」
 言葉通り、楽しそうな声でロブが言う。だが、被せるようにアクトが深い嘆息を零した。
「面白い話じゃないですよ。リノウが役に立つと、本気で言ってるんですか?」
「あぁ。そこらにいる警官よりは、全然役に立つ筈だよ。実際に組み手させた事もあるけど、格闘戦においては十分な実力がある。実際、今回の件に関して、俺も初めからリノウを参加させようと思ってたしね」
「ほら! ロブさんもこう言ってるよ!」
 誇らしい気分になりながら、アクトに叫ぶ。援護してくれるロブの言葉が、何よりも嬉しかった。
 けれど、アクトは無表情を崩さないまま、淡々と答えてくるだけだった。
「十分な実力、というだけで実戦に参加させろと? それに、リノウは少女です。戦闘で顔に傷が残るような事になったら――」
「その時はアクト君が責任取って、リノウを幸せにしてあげれば良いんだよ」
 さらりとロブが言い放つ。爆弾発言に、アクトの顔から無表情が消えて、困惑気味に歪む。
 けれど、耳まで熱くなったリノウには、彼の表情を見つめている余裕など全く無かった。
「ロ、ロブ、さんッ! 何、何言うんだよぉ!?」
 裏返った声で叫ぶと、彼は実に楽しげに肩を揺らした。悪戯の反応を見て楽しむ小悪魔のように。
「初心だねー。まぁ、それは冗談だとしても、だ。俺としては、リノウが旅人として外に出る前に、力を確認しておきたいんだ」
「旅立たせて良い物かどうか、見極める為にですか」
 アクトの問いに、ロブがはっきりと頷く。楽しげな笑顔だったロブの表情が、何時の間にかアクトに似た真剣な表情へと変わっていた。
「正直、街のチンピラも満足に片付けられないんなら、何をしてでも、明後日の旅立ちは俺が止める。むざむざ死なせたくは無いからな」
「……まぁ、確かに。人間を相手にできないようでは、外に出るだけ無駄ですしね。けれど、もしリノウが傷を負ってしまった場合は――」
「ボクが弱かっただけだよ。誰のせいでもない。それに、こんな話聞かされて、ボクが黙ってレストで待ってると思う?」
 アクトの言葉を遮って、小さなウインクを送る。始めから、話し合いが決裂したら、勝手についていくつもりだったから。
 痛い所を突かれたのか、アクトが苦虫を噛み潰す。リノウは間髪入れず、言い放った。
「ボクも、絶対に役に立つから! お願いだよ、アクト!」
「俺からも頼むよ、アクト君。これでリノウが怪我した時の責任は、全部俺が取る。君の方に悪影響は与えない。だから、頼む」
 ロブの言葉の後も、彼は暫く無言だった。穴を開けるように鋭く、ずっとリノウを見つめていた。リノウも視線を逸らさずに、じっと彼を見つめ返した。
 見つめ合っていたのは、十秒も無かったと思う。けれど、リノウにはこの時間が永遠にも等しいように感じられた。
 最終的に、緊迫した時間を破ったのは、彼の一言だった。
「……絶対に無茶をしない。作戦に迷惑をかけない、と約束できるなら」
 彼なりに示した、妥協点。それでも、彼は許してくれた――それだけで、リノウにとっては十分で。
「うん!」
 沈み行く夕日の中で、朱に染まった頬のまま、リノウは心から頷いた。

 ◆◆

 豪勢な応接間の中、時計の針が音を刻む。無言の世界が保たれた中で、リガードはただ苦虫を噛み潰していた。
「リノウにも参りましたね」
 穏やかに、静かに妻が言う。最も、彼女もリガードと同じ顔だった。
 ほんの十分前の事を思い起こしながら、重たい気持ちを溜息と共に排出する。気分が軽くなる事は無かったが。
「まさか、よりによって戦いたい、等と言うとはね。ロブ君にもやられたよ、知らない内にリノウを鍛えていたなんて」
「アクト君と共に居させたのも、間違いだったのかも知れませんね。フィーナさんにあんなに強く頼まれては、頷く以外どうしようもありませんでしたが」
「まぁ、アクト君に罪は無い。リノウを明るくしてくれたから、感謝するべきだろう。明日、何も無ければいい話だ」
 机に置いたバーボンを取り、うめくように呟く。今となっては、何も無い事をを願うしかない。リノウに嫌われる事は絶対に許されないから、リノウをここに留めておくのも不可能だ。
 グロウから全て聞いている事だが、彼の計画通りに事が進めば、全てが上手く回る筈だ。
 明日には、大陸からの客が来る。このタイミングでリノウを怪我させる事と、事件を解決し損ねる事は、何があっても許されない。
 ――全てが終わる日、か。
「うまくやってくれよ、シーカー諸君」
 天に祈るような心地で呟き、リガードはバーボングラスを一気に呷った。

 ◆◆

 時計の短針が頂点を過ぎ、明日が今日に変わる時間。人々が寝静まる時間にあってなお、ビニン港唯一の酒場からは、未だ光が煌々と盛れ出している。
 陽気な笑い声や喧しい叫び声。狂乱の体を見せ始めたその酒場に、アクトは颯爽と足を踏み入れた。
 出入り口のドアが小さく軋み、来客を知らせるが、氾濫する人間達の声に阻まれて、店員にも伝わらなかったようだ。誰一人として振り返ってこない。年齢的に入りづらいアクトにとっては、ちょうどいい事だった。元々、酒を飲みに来た訳でもないのだから。
「いよぉ、アクト。相変わらず、時間ちょうどに来やがるな」
 目的を探すまでも無く、向こうから声をかけてきた。アクトは軽く苦笑して、声の方を振り返った。
 入り口から近いテーブル席を、空になった酒瓶群と共に占拠している男――クルトを。
「何本空けてるんだよ……飲みすぎるなよ」
 対面に腰掛けながら、半眼で呟く。視線の刃を、クルトは豪快に笑い飛ばした。
「まだまだ酔いが回るには足りないっての。それより、どうなんだ? もうここに来てから四日目だぜ? 大体は終らせたんだろうな?」
「無茶言うな。この三日間、リノウに付き合わされながら、ずっと街中を歩き回ってたんだぞ? 終わらせるも何もあるか」
 背もたれに体を預けてうめく。二日目はリノウに連れまわされて街を軽く回っただけ。三日目こそ自由に動き回れたが、街を見回って、情報を幾つか仕入れただけ。四日目は、グロウの見つけた情報に従っただけだ。
 クルトもそれは分かっていたのか、小さく笑って、封の空いていない瓶を一つ投げてきた。
「ま、終らせるってのは冗談だ。でもよ、それだけ歩き回って、終らせる糸口見つけてねぇ訳ねぇだろ?」
「まぁね」
 瓶口を開きながら、短く笑う。何も手がかりを見つけてこなかったのなら、それはただの無能だ。
「三日目、リノウが居ない間にこの街の地図と、人が歩く道や上下水道の配置、地図に乗っていない裏道は全部確認しておいた。そしたら、この事件の答えは見えてきたよ。そっちも、見つけてるんだろうね?」
 早口で告げて、オレンジのカクテルを瓶のまま呷る。これでクルトが何も見つけていなかったなら、思い切り馬鹿にできるのだが。
「明日タイムリミットの仕事を、終わらせてねー訳ねーだろ。こっちに来る貴族連中の行動は、全部調べはついてる。こいつ等が集まるだろう場所にも、上下水道じゃ無理だが、雨水の排水路を通れば侵入できる。明日には皆殺しにできるだろ。俺達の行動を合法化する証拠も全部用意してある。まぁ、俺達には合法も何も無いんだが――どうせ人殺しだしな」
 黒く、楽しげにクルトが笑う。アクトも、彼と同じ笑みを浮かべた。
「所詮ファルシークだしね、俺は」
「口から言う事全部でまかせ、ってか。明日も嘘は続けるんだろ?」
「ガキのレッドだしね。できる限り弱く見せておいた方が、最後まで疑われなくてすむだろ?」
 そう。警戒されてはならない。ただ、少しだけ腕があって、運がいいだけの子供だと、グロウやリガードには思わせておかなければならない。クルトと共に全てを終わらせる為に、クルトの気配も勘付かれてはならない。
 許されない事だらけだな、と内心で苦笑する。ファルシークでいる時は、いつもの事なのだけれども。
「それじゃ、明日で最後だ。お互いに気合入れるとしよう、クルト」
「間違ってもヘマすんなよ、ファルシーク君」
 楽しげに笑いながら、クルトが中身の残る酒の瓶を突き出してくる。それに、アクトは自分の酒瓶をぶつけ合わせた。
 死神が振るう鎌に似た、鋭く鈍く重い音が喧騒の中に響いた。
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by sora_hane | 2008-08-30 02:03 | 小説