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現状、PSO2一色になりそうです。


by sora_hane
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廃人達の狂想曲~フィルの初陣・イクサビト~

「ここです。頑張って下さいね」
「有難うございます」
 喫茶店の奥、戦闘場とかかれた部屋まで案内してくれたウエイトレスに小さく礼を言ってから、眼前の扉を開ける。
 途端、緑が世界に広がって、まるで別世界に放り込まれたようでさえ有った――よく見れば全てCGだとわかってしまうが。
 テニスコートを半面ほど広げた程度の部屋であり、中には小さな台が二つ有るだけだ。戦闘用のプレイヤーと行動を入力するアームパーツが乗ってある。
 その、広々とした緑の部屋にいた先客に、フィルは淡々と呼びかけた。
「あなたがI・Tさんですか?」
「あぁ。ポケモンやる上での別名なだけだけどな。戦闘、承諾してくれてアリガトな」
 そう言って、彼は楽しげに笑いかけてきた。
 年は恐らく、十代から二十代の間。短く刈り込んだ髪に、引き締まった肉体。日焼けした肌を見ると、どうやらスポーツマンか何かなのだろう。ポケモンというゲームをプレイしている事、其れそのものが考え難いほど、しっかりとした体を持っている。
 ――まぁ、見た目で人間の中身図れるほど、しっかりした眼は持ってないけど。
「ルールはLv50統一、3vs3で宜しいですね?」
「お、いきなり始めるのか? すまし顔の割には好戦的だな――嫌いじゃないけどな」
「一回り違ってもおかしくない年の人と、まともに会話を合わせられるとは思いませんので。ポケモンに関しても、まだ始めたばかりですし」
「あぁ、そうだったか。お前らのグループの新顔だったからどんな奴かと思ってたら、こっちも始めたばっかだったか――まぁ、だからって手加減はしねぇぞ?」
 I・Tがニヤリと笑う。リィドが見せる、戦人が笑み。
 フィルも静かに微笑み返した。彼に似た、リィド受け売りの笑顔を。
「私も加減をするつもりは有りません。それが、戦闘における最低限の礼儀ですから」
 アームパーツを手に取り、装着。戦闘準備を終えたポケモンデータをプレイヤーに挿入し、I・Tと数mの距離をおいて対峙する。
 初めての戦前、というのに緊張はしなかった。心は酷く澄んでいて、想いは勝利にのみ向いていた。
 ――リリィの手前、あんまり無様な所は見せられないしな。
 負ける事に問題は無い。けれど、彼女はフィルに対して、余計な気を使う所がある。常に笑っていてくれて、全く問題無いのだけれど――だからこそ、負けられない。

『トレーナーフィルvsトレーナーI・T、開幕します!』
 実況の宣言が緑の世界に木霊する。開幕の宣言と同時に、お互いの先陣がフィールドへと姿を現した。



「お、一手目から面白いね。ゲンガーvsカイリューか。フィル君も何か拘りあるのかと思ってたら、ゲンガーみたいなポケモン使う所をみると、そうでもないのかな?」
 隣でルナが歌うように言った言葉を聞いて、リリィは小さくうなずいた。
 既に喫茶店の内部は静まり返って、実況の声をBGMに、白亜の壁に浮かぶ戦闘映像へと全ての視線が集まっている。ウエイトレスやウエイターも仕事の手を止めて、そちらを見つめていた。
「フィルは勝負にしか興味無いってさ。それも、できる限り楽しめればそれで良いって」
「成程ねー……リィドの弟子って言われてもピンと来なかったけど、そういう話聞くと、やっぱアイツに育てられたんだなって思えたよ」
 どこか温かい、昔を想う人の眼差し。リィドとどれほどの関係なのか分からないが、かなり長い付き合いみたいだ。どんな関係なのか、は見ても何も分からないけど。
 けれどその眼差しはすぐに引っ込んで、ずっと浮かんでいる楽しげな色が戻ってきた。
「さて、リリィちゃんはこの勝負どっちが勝つと思う? 愛しの兄上に勝ってほしい?」
 リリィは素直にうなずいた。
「正直、ボクもフィルもまだ始めたばかりで弱いけれど、そんなボクでもメイちゃんには勝てたんだ。フィルだってきっと勝つよ!」
 勝って欲しい。そんな気持ちよりも、彼なら勝つ、という思いの方が大きかった。
「……リリィちゃんって、本当フィル君の事好きなんだね……」
「――ん?」
 沈みに沈んだ少女の声が聞こえた気がして、リリィはくるりと後ろを振り返った。
「メ、メイ、いきなり何の話?」
 テーブルを挟んだ体面に座る少女がかけてきた言葉に、淡々と問い返す。メイはどこか虚ろな目で、湿りついた視線を投げてくるだけだった。
「リリィちゃんさ、フィル君の事好きでしょ」
「え!? な、何でいきなりそんな事言い出すの!?」
 ――何かそういう話をする話題が有ったの!?
 頬まで真っ赤になってリリィが叫び返すと、メイは不満そうに唇を尖らせて、
「だってさー、見てたら分るよ……立ち入れないなー、って」
「いやいやいや、フィルは兄さんだし――って何で他の皆も頷くの!?」
「ま、リリィちゃんの様子見てるのも面白そうなんだけど、色恋話は対戦後にしといたら?」
「だから恋なんかじゃないよ! フィ、フィルの事なんかちっとも、そういう風には見てないから!」
「ならあたしが貰っていっても良い?」
『絶対駄目ッ!!』
 リリィの声は、添水の働きをもたらしたようだった。室内から音が消えて、咆哮の余韻が哀しく喫茶店の中に木霊する。
 リリィがはっと我に返った時、周囲の子供達から真っ白な眼で睨み付けられていた。体の皮膚が全て茹で上がって、頭からぷしゅー、と湯気が吹く。
『完全に好きじゃん』
「――ぁぅ……」
 言い訳も何も出来ずに、リリィは机に突っ伏した。彼の事を好きなのは、元々否定も何も出来ない位なのだ。
『さぁ――戦闘開始です!!』
 頭上で戦闘が始まったのを実況の声で理解したけど、顔を上げるだけの勇気が持てない。だから、リリィは心の中で、そっとフィルを応援する事にした。
 ――頑張ってね、フィル。


 一ターン目。
 先に動いたのは、カイリューの方だった。
 柔和な表情が般若へと変わり、暴虐を具現化する力が、その体に溢れ返る。竜族物理技、最強の攻撃――逆鱗。フィルは体がぞっと冷え込むのをはっきりと感じた。あの時――3vs6の勝負で植え付けられたトラウマだ。
 ――けれど。あの時と、今は違う。
 理不尽なまでに強力な一撃に、フィルのゲンガーが一撃の下に吹き飛ばされる。ゲンガーは特功と素早さに特化されたポケモンで、耐久力はお粗末にも低い。物理攻撃力最高峰のカイリューの一撃。耐え凌ぐ道理など存在しない――ある一定の条件を除いてのみ。
 叩き潰されたゲンガーの体が、仄かな光に包まれた。無残に破壊され、光に還るその寸前で、しかし彼は一撃を堪えきった。
 I・Tがやっぱりな、と言わんばかりの苦笑を浮かべた。
「『気合のタスキ』、やっぱ持ってやがったな」
 彼が呟いた一言は、このゲームに存在する一つのアイテムの名を示していた。
 気合の襷――HPが全快である状態から、一撃で死ぬダメージを受けた時にのみ発動する、特殊な条件下で使用されるアイテム。効用は単純で『必ずHPを1残す』物。耐久が紙切れ以下で、どんな攻撃でも一撃で死ぬポケモンであれ、HPさえ全快ならば一度きりだが耐えられる、という、ポケモン対戦においては常に考えねばならない強力なアイテムだ。
「けれど、ゲンガーが生き残った所で何が出来る? ソイツの攻撃力が幾ら高くても、カイリューの耐久力は生半可じゃ――」
「なら、一度きりの切り札、お見せ致しましょう――カウンター」
「――なっ?!」
 I・Tが引きつった声を上げる。其れも既に手遅れだ。
 冥府に還る寸前の亡霊が、一気にその存在感を増した。ゲンガーは攻撃を終えたカイリューの懐へ、抉りこむように潜り込み――先程受けた一撃を倍にした、とてつもない一撃をその体へ捻じ込んだ。自分の体力を遥かに上回るダメージを前に、竜は一瞬にして光と消えた。
 カウンター。受けた物理ダメージ、その倍分のダメージを相手に返す、格闘タイプの変則技。物理技でなければ返せないのだが、其処さえ読みきれば凄まじい逆襲が出来る技。
「3vs3じゃ予測されない技を使え。そんなポケモンを使用するように、と師からは教わりました」
 ゲンガーは元々カウンターをDSのカートリッジでは覚えないが、GBA時代のカートリッジで、一定条件を満たせば取得できる。だが取得条件や使用個所が難しく、しかもゲンガーなら他にもっと良い型が幾つも有る為に、普段は殆ど選択されない技だ。
 だからこそ、意表がつける。だからこそ、不意が付ける。
「さぁ、カイリューは消えました。次のポケモンをお願い致します」
「――あー、そうだな。だったらコイツで行ってやるよ……ギャラドス!」
 ――ギルォォォォ!!
 天地を鳴らして出現する、蒼色の飛行鯉。こちらの物理攻撃力を下げてくる威嚇を放ってくる。ゲンガーの攻撃力が下げられるのを眺めながら、フィルは心で首を傾げた。ゲンガーにギャラを放ってくる、というその感覚が理解できなかった。
 ゲンガーが良く有しているサブウエポン『十万ボルト』――電気タイプの特殊技。威力が95と高めであり、しかもギャラドスは電気技のダメージを四倍で喰らう。電気ダメージを半減させるソクノの実を持っていたとしても、半分近くのHPが飛ぶというのに。


 二ターン目。
 フィルは簡単な選択を迫られていた。
 正直、ここでゲンガーが十万ボルトを有していれば、迷う事無くぶっ放して居た。ただ、問題なのはフィルのゲンガーは其れを『持たざる者』だと言う事だった。
 ギャラドスに対し、大概の場合先手は取れる。が、このゲンガーの場合、カウンターだけでなく他の技も特殊な物であり、先手を取って行動しても、それほど大きな意味がある訳ではない――
 ――……なら、こうするか。
 考え抜いた情報を元に、行動を決定する――ターンが動き出す。
 先に動いたのはゲンガーだった。最も、動いたのではなく――
『フィルはポケモンを交代した!』
 交代しただけだが。
 ゲンガーの後を継いだポケモンは、出現と同時に大きく吼えて、相手のギャラドスの攻撃力を大幅に奪って見せた。同種の敵をしっかりと見据えて、凶悪な唸り声を上げて。
 フィルが繰り出したポケモンも、相手と同じく、ギャラドスだった。
「同ポケ対決ですね」
「うわ、マジかよ。ミスったな」
 I・Tが困惑したように顔を顰めた。其れに遅れて相手のギャラドスが動き出す。
 全身に水を纏って、一気にフィルのギャラへ肉薄し、全力で突撃を捻じ込んだ。滝登り――水タイプの物理技。
『タイプはいまひとつのようだ』
 ギャラドスのメインウエポンの一つだが、同タイプの水への相性は悪い。しかも威嚇が入っているので、ダメージは雀の涙ほどでしかなかった。
「まーた面倒な事しやがって……」
「条件は似たり寄ったりでしょう? 同じポケモンですしね」
「威嚇かかってる分、こっちのが明らかに不利だっての」
 つまらなさそうにI・Tが呟く。まぁ実際、威嚇の有る無しは大きな違いだ――とは、実は言えない。
 竜舞型、つまりギャラドスの基本形の技構成は『滝登・竜舞・挑発・サブウエポン』である事が多い。挑発は変化技の一つで、相手に攻撃技と交換以外の行動を封じる物。こっちは、今はさほど問題にはならない。今は、サブウエポンの方が問題だ。
 ギャラドスのサブウエポンとして多い物が、岩属性攻撃のストーンエッジ。これは威力も『100』と高い攻撃であるし、何より弱点をつける範囲が『飛行・虫・炎・氷』とかなり広い。更に水が半減する相手の殆どに等倍ダメージを与えられる為、これを使う人が多い。ストーンエッジは、無論同族ギャラドスの弱点を付く事も出来る。破壊力も含めて、正直手放しで喜んでいられる状況ではない。
 無論、それはこちらも同じだが。
「――まぁ、そっちのお手並み拝見と行きましょうか」
 淡々と呟いて、行動を即座に決定する。この状況となれば、行動は一つしかない。
 I・Tの方も簡単な思慮の後、手元のパーツを操作した。

 三ターン目。
 I・Tのギャラが光へと変わり、粒子となって彼の手元に帰っていく。
「流石に不利なんで、ここは引かせてもらうな。代わりにコイツだ!」
 入れ替わりに出現したのは、巨大な鋼の人面岩――ダイノーズ。岩・鋼の複合ポケモンであり、防御・特防が異常に高い耐久系のポケモンである。弱点が重複する組み合わせで格闘・岩は四倍、水は二倍ダメージを受けるが、その代わり抵抗が半端じゃなく多い。ストーンエッジも半減できる。完全にストーンエッジ読みで出てきたのだろう。
 遅れて、ギャラドスが動き出す――
「――十万ボルト」
「なぁッ?!」
 I・Tが驚愕に目を見開いた。バチチチ、と大気中に稲光の音が鳴る。ギャラドスの巨大な口から放たれた雷撃の槍は一直線にダイノーズを貫いて、その体へと強力無比な一撃を捻じ込んだ。
 十万ボルト――電気タイプの『特殊』技。
『急所に当たった!』
 岩・鋼という組み合わせは、電気をストレートに通す。其処に駄目押しの急所――ダイノーズの体力は、一気に半分削られた。
 I・Tは暫く力なく立ち尽くしていたが、やがてその体を小刻みに震わせ始めた。
「ギャラ、ドスが……特殊、型!?」
「はい。ギャラドスの種族値は攻撃が『125』特功が『60』と圧倒的に攻撃の方が高い。けれど、実は水物理滝登りの威力が『80』であり、水特殊ハイドロポンプの威力が『120』である事が起因して、一般的に使われる滝登よりも、特殊特化されたハイドロポンプの方が、微妙ながら破壊力が高い。そして何より、ギャラドスは物理技で電気タイプの技を覚えません。とてつもない不意を打つ事が出来ます。今のようにね」
 フィルは優しく微笑んだ。余りにも大きな不意打ちでは有っただろう。
 もし、彼がギャラドスのままで攻撃を仕掛けてきていたら、一撃の下に粉砕していたのだから。
「カウンターゲンガーに、特殊ギャラ……どれだけ変則な型ばっかりなんだよ!?」
「全部師の教えですけどね。3vs3では、十分すぎる不意打ちでしょう? 如何にして機先を制するか、が重要ですし――続けましょうか」
 其れだけを告げて、行動を選択する。I・Tは沈痛そうに歯を噛み締めながら、機械を操作した。

 四ターン目。
「――ハイドロポンプ」
 ギャラドスの口内で、激流が渦を巻いた。直後、横に落ちる滝を思わせる勢いで、激流が牙を剥いた。ハイドロポンプ――水特殊最強の技。しかし、それはダイノーズの体を覆っていた特殊な膜に弾かれ、無効化された。
「守りましたか」
 技名『まもる』――1ターンの間、如何なる攻撃技をも無効化する変化技。優先度は先制攻撃技よりも遥かに早く、ポケモン交代以外の全てに先手を取る技。
「――けれど、時間を稼いだ所でどうにもならない事は、あなたが一番理解されている筈では?」
 フィルは静かに呟いた。I・Tは答えてこなかった。けれど、彼にも分かっている筈だった。
 五ターン目。
 解き放たれた激流は、今度こそ標的へと牙を剥いた。
『効果は抜群だ!』
 タイプ一致・水特殊最大技。弱点である一撃にダイノーズが耐える訳も無く、鋼の鎧を持つ岩は無残に吹き飛ばされ、戦う力を失った。
「――さぁ。最後の一体、出現させて頂きましょうか」
 力なく、I・Tがボタンを操作。空飛ぶ鯉が再度降臨し、盛大に威嚇する。けれど、フィルのギャラドスは物理型ではない。攻撃力が低下した所で、全く関係が無い話だ。
 もはや会話を交わす事も無く、互いが機械を操作する。戦闘の結末が、既に互いの目に見えているから。

 五ターン目。
 I・Tのギャラがその体を大きく、上下に飛び跳ねるようにクルクル廻った。変化技・竜の舞。攻撃と素早さが1段階ずつ増強される。彼の勝ち目は、それしか存在してない。
「――十万ボルト」
 遅れて、フィルのギャラが牙を剥いた。世界を圧殺するような雷撃が迸り、空で踊る鯉を撃ち貫いた。弾け飛んだソクノの実が威力を半減させるも、元々が四倍ダメージだ。一瞬で体力ゲージが半分ほど弾け飛ぶ。
 次の一撃が、ラスト。

 六ターン目。
「どうしようもねぇ賭けだが、ストーンエッジは持ってねぇ。行くしかないんでな――滝登り!」
 I・Tのギャラが水流に包まれ、一気にフィルのギャラへと肉薄する。ドォン、と太鼓が放つ音を上げて、フィルのギャラが仰け反った。HPゲージが三割飛んで、残り六割程度にまで削られる。
 たきのぼり――タイプ相性は悪く、威力も80程度しかない技だが、一つ、重要な効果が有る。『怯み』を二割で相手に与える能力だ。
 怯み、は状態変化とも言えない、特殊な状態。怯み、の状態になると、その一ターンに限ってだが、全ての行動が許されなくなる。要するに、連続で怯み続ければ、何も出来ないまま倒されるという事だ。
 フィルのギャラは大きく仰け反って――
 けれど、すぐに体勢を立て直した。バチバチバチ、と雷光がその口へと集約されていく。
「――残念ですが、これにて幕引きです」
 大気を裂いて放たれた金色のグングニルが、勝負に全ての幕を下ろした。


『トレーナーフィルvsトレーナーI・T 3-0にてトレーナーフィル、勝利』


 少し沈んでいたI・Tを残して、先に喫茶店へと戻る。巻き起こった拍手や歓声(まぁ恨めしい目の人間もそこそこ居たけれど)に適当に応えてから、座っていた席に戻る。
「お、フィル君お疲れ~。君、相当強いじゃん。三タテなんか滅多に無いよー?」
 席に居た子供達の中で、一番早く気が付いたのは子供達ではなく、テーブルに腰掛けていた女性、ルナだった。
「不意を打てて、それが上手く嵌っただけですよ。ただの偶然に過ぎません」
 彼女の呼びかけに淡々と答え、元の席に――
「……リリィ? 腹でも壊したか?」
 机に突っ伏して項垂れている妹に、怪訝を覚えながら問い掛ける。彼女は電気を通されたように反射反応で起き上がると、高速で頭を振った。
「な、何でも無い、何でもないよぅ、ぅぅん!」
「思いっきり何でも有るって言ってるんだが、その台詞は。挙句なんだそのおたふく風邪にかかったような赤い頬」
「だから何でもない、ホントなんでもないから!」
 ――何なんだ?
「あー、置いといてあげな。今日一日はそのまんまだと思うから、その子」
「……はぁ」
 余り納得こそ出来ないが、とりあえず席に座る。周りの子供達も、心なしか沈んでいるように見えたが、これも多分良く分からない事なのだろう。
「さて、どうだった? 初戦闘の感想は」
 ニッ、と擬音が付きそうな笑顔でルナが問い掛けてくる。上部が水に変わっていたウーロン茶に口をつけながら、フィルは淡々と言葉を返した。
「大した事は感じませんでしたよ。いつもと同じ事を、同じように行っただけですから」
「素っ気無いねぇ。それじゃ、多分リィドが居たら聞いてる事、聞いてもいいかい?」
 フィルは無言で彼女を見返した。無論、初めから否定する気などない。
 彼女は満足そうに唇を持ち上げると、唄うように言葉を発した。
「初めての対戦を、君は心から楽しめた?」
 一瞬、彼女の瞳が色を変えた。空を思わせる、透き通った光を持つそれへと。
 精神まで見通すようなその瞳に、フィルは真っ向から向き合って、真っ向から答えを告げた。
「はい」
 心に偽らざりし答え。どうしようもない本心。冷静に戦闘をこなしながら、其れを楽しんでいた自分がいる事を、フィルははっきりと自覚していた。
 ルナはさっき見せた其れに似た笑顔を浮かべ、笑った。
「其れは良かった。あいつも喜ぶよ、きっとね――これからも、また遊びに来な。皆、歓迎してくれるからさ」
「その度に手持ちがばれていくのは嫌ですけどね。まぁ、楽しいから良しとしましょう」
 楽しげなルナに、フィルも彼女に似た笑顔で笑い返した。
「そりゃ良かった――それじゃ、次の対戦も行ける?」
 ピッ、とルナは掌でカードを――I・Tとの戦闘時に使った募集カードを広げて見せた。
 フィルは不敵に微笑んで、その中の一枚を抜き取った――

 その日、フィルとリリィの二人は太陽が暮れてなお、カフェ『レスティ』に留まり続けた
 言うまでも無い事だが、二人が帰宅した時に待っていたのは、今までに無い外出時間を叱る、母親の説教だった。


 ――後書き。
 こんばんは。長文に御付き合い頂き、本当に有難うございました。えー、後半部分は思いっきり『酔っ払い』モードで書き上げたので、明らか過ぎる間違いとか有るかもですが、容赦なく指摘お願いします;
 今回は幸運すぎた対戦を元にしました。てゆーか普通はここまで上手くいかないです、絶対; ギャラが石刃を持ってなかったのは、確率の低い偶然ですしね。まぁ主人公ですし、美味しい所も用意してやら無いと、なのでw
 実際はここまで上手くはいきません。私自身の勝率から考えても、ここまで上手くいく事はホント少ないでしょう。大体六割前後ですからね、今の所;
 さて、次でまた舞台を切り替えます。学校というのは変わりませんが、あんま対戦ばっかでもいまいち自分としてつまらないんで。本当は対戦オンリーにするべきなのでしょうけど、一応小説なので色々と舞台変更はしたいので。
 今回もまた、説明は後程投稿します。今はまずは眠りたい; また、宜しければ次の物語でお会いしましょう。
by sora_hane | 2008-10-08 05:06 | ポケモンバトル小説