現状、PSO2一色になりそうです。


by sora_hane
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<   2008年 08月 ( 14 )   > この月の画像一覧

 こんばんは。私にとってはこんにちはですが一般の感覚からすればこんばんは。
 エキサイトブログ以外のサイトをブクマとして置く方法が分らずに途方に暮れてます。トロさんのブログ(頭に飾ってるトゲキッスフローリアンをプレゼントしてくれた方)やマジェスティックファンタジアンとか、普段から世話になっている場所を永続で張って置きたいのに;

 さて、とりあえず本題へ。

 基本スタイル。ポケモンレポート。
 読んで字の如く、このブログの根幹であり、私がブログを作った理由の一つです。

 私がポケモンの面白さに触れて、その真黒な道に堕ちていったのは、
イチブイさんのポケモンレポートを読んでからなんですね。全く知らなかった世界が開いていく感覚でした。
 けれど、周囲の人はポケモンと聞けば、大体子供のゲームだと判断されます。
 その深みにはまり込んだ人間としてはそれが悲しくて仕方ありません。

 プレイされた方でも、ゲームをクリアした後、対戦の道に進まれる方はさほど多くはありません。
 けれど、ポケモンはクリアしてからが本番です。
 クリア前は準備運動ですらありません。陸上で言うなら会場に参加する権利を得た程度のレベルです。そこで放棄される方が多いのです。
 そこで、私も一人でも多くの人にポケモン対戦の深みを知って貰おうと思って、このブログを作成する事を思い立った訳です。

 けれど、ポケモンの対戦というのは、何も知らない人が見ても、多分分かりません。どういう駆け引きが存在しているか、とか、どういう理由で強い弱いが存在するのか、とか。
 そこで、似非物書きである人間の能力を有効活用しようと思い、ポケモンレポートは全て      小説
として描く事しました。イチブイさんを手本にして、多少アニメチックに展開させます。まぁ一話完結物ですが。

 初めに、ポケモンの基礎知識を纏めて紹介。
 その後は何度か分かりやすい対戦を描いてから、そこからは私や友人の実際の戦闘を、そのまま分かりやすくアニメチックに描ければな、と思ってます。
 レポートの後には必要がありそうなら補足とかも。
 舞台はポケモンの世界と現実の世界が入り混じった世界――ていうか人名だけ片仮名で後は現実の町っぽい物を想定してます。無論現実の町じゃ有りません。
 対戦の中身だけは現実です。

 廃人の方々には物足りない話になるかも知れませんが、詳しい人達には詳しい人達として何か面白い事出来れば良いな、とは思ってます。
 パーティ構成をバラシテみるとか、戦闘時どのように動くかアンケートとったりとか。
 今日と明日にポケモンのイベントあるから、それに関しては小説として書かずに普通に書くかも知れませんし。
 けど、とりあえずはこのレポート中心で行きます。

 更新頻度が遅くなる、というのはそういう理由な訳です。作り上げるのに時間がかかるのが目に見えてますので。
 まぁ、普通のブログとしても使いますけど、そっちの方は、引きこもりの日常書いても面白くないから、面白い事でも無い限りは書かないかと。

 とりあえずこんなブログで行くつもりなので、毎日とは言いませんが、ちょくちょく見に来て頂けるとありがたいです。
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by sora_hane | 2008-08-30 17:40 | 初めての方に
「――ぅ?」
 眼球に突き刺さる朝日に、リノウは腕で眼を覆った。それから、ふと目が覚めた。何度か瞬きを繰り返して、体を起こす。ふわぁ、と大きく欠伸を零して、左右を見る。真白の壁に、最低限の調度品、木彫りのドア。部屋の中央にベットが置かれている程度で、他に大した物も無い。間違ってもフィルト家にある部屋じゃなかった。
 リノウはぼんやりと思考を巡らせた。どうしてこんな場所に居るのかを思い出す為に。
 と。
「リノウ、起きてる?」
 呼び声に続いて、ドアノブが回る音。ドアを開けて入ってきた女性を見て、リノウは更に首を傾げた。
「先生? ここ、どこ?」
 入ってきた恩師に、挨拶よりも早く問い掛ける。昨日何が有ったのか、全然思い出せない。
 すると、彼女は閉じていたカーテンを全開にしてから、
「覚えてない? 昨日、アクト君が尋ねてきた事や、リガードさんがした事」
「やったこ――」
 疑問を呟いた途中で、リノウははっと思い出した。全てを。
 実の両親に売られた事。両親が全ての犯人だった事。アクトが助けに来てくれた事――全て。
「……そっか。夢じゃ無いんだ、やっぱり」
 少し悲しく思う。けれど涙は出なかった。昨日、アクトに抱き締められて、眠るまでずっと泣き続けたから。悲しみを全部彼が受け止めてくれたから。
「そういえば先生、アクトは?」
 きょろきょろと視線を彷徨わせてから、呟く。色々お礼も言いたいし、旅の準備についても聞きたい事があるから。
 すると、恩師は一枚の紙を取り出した。
「アクト君の手紙」
 手紙を受け取って、首を傾げる。一緒に旅立つ筈なのに、どうして手紙を書く必要があるのか。
 ――なんだろ?
 訳が分からぬまま、リノウは視線を落とした。丁寧に書かれた文字列に、ゆっくりと目を通していく。その間、フィーナは何も言わずに、ずっとリノウの隣に座っていた。

 手紙を最後の一字一句まで読み終えた後で、リノウはポツリと、言葉を零した。
「こんなの、無いよ――」
 呟いた声が、馬鹿みたいに震えていた。昨日泣き喚いたばかりなのに、涙が勝手に溢れ出してくる。涙を止める事が、全くできない。
 涙を乱暴に拭ってから、リノウはもう一度、手紙を睨みつけた。
『リノウはもう休んでいて。これ以上、つらい世界を知る必要は無いから』
 アクトが手紙の中に書き記した、短い一文。それは彼なりの優しさかも知れないけれど、死刑宣告を受けた気分になった。どれだけ言葉を変えたとしても、それは旅人になるな、という言葉だから。
「アクト、ボクを、連れてってくれるって、言ったのに――」
「それがリノウの為だって、アクト君は思ったんでしょう」
 落ち着き払ったフィーナの声。反射的に、リノウは彼女を睨みつけていた。
「何で、何で! どうして!?」
 八つ当たりだって思ったけれど、聞かずには居られなかった。納得できる筈が無かった。
 恩師は感情を覗かせない瞳で、真っ直ぐに見つめてきた。
「書いてある言葉通りだと思うわ。アクト君は、リノウよりも遥かに深い闇を歩いてる。見せて貰ったからね、ブルーシーカーの証明。あの若さでブルーシーカーよ? 生半可なシーカーを超える能力を得ようと思ったら、まともな人生じゃ間に合う訳無いわ。だからこそ、リノウにはついて来て欲しくないのでしょう。地獄をあなたに見せたくないから」
 冷静に説明されて、頭では納得できた。アクトとは少しの間だったけど、ずっと一緒に居たのだから、彼がそういう人間だって事は分かっている。彼の優しさだって事も分かった。
 でも、心は納得しなかった。納得したくなかった。
「先生。アクトは今、どこにいるの?」
「今頃、連絡船の出港を待ってるんじゃないかしら――会いに行くつもり?」
 リノウは即座に頷いた。他にする事も思い浮かばないから。できる事も見つからないから。
「アクト君は、リノウに残れって言ったのよ? 彼の気持ちを無視するの?」
「じゃぁ、ボクの気持ちはどうなるの? 旅に出たい、っていうボクの気持ちは、無視されても良いの?」
 涙混じりに呟いた途端、フィーナが一瞬言葉に詰まる。その間に寝間着を全て脱ぎ捨てて、枕元にあったワンピースを頭から一気に着込む。
 例え、アクトが心配してくれたのだとしても、納得できる訳がなかった。旅に出たいのは、どうしようもない想いだから。
「なら、アクト君に断られたら? 絶対について来るな、ってアクト君から断られたとして、それでもリノウは外に行きたい?」
 あくまでも冷たく、冷徹なフィーナの声。リノウは涙を拭って、心から咆哮した。
「アクトに迷惑だって言われても、ボクが外に出たいのは変わってないんだ! 外に行くって言うのは、ボク自身が決めたんだ!」
 アクトに止められても、誰に止められても。どんな事があったとしても。それだけは、絶対に止めない事だから。
 ブーツを履いて、ベットから立ち上がる。余計な事を考える暇はない。急がないと、アクトが先に出て行ってしまうから。
 リノウは開きっぱなしだったドアから外へ飛び出した。

「やっ」
 ――ガン。
 そうして頭からすっ転んだ。余りにも気の抜けた呼び声と、軽々しく右手を上げてきた少年を見た瞬間に。
 両手を床についたまま、頭を上げる。呆然とした脳裏に、あはは、と陽気な笑い声が染み込んでくる。
「ねぼすけだねー。連絡船の出港まで、もう二時間もないよ」
 声の主は穏やかに、至極当然とばかりにオレンジジュースを飲んでいる。リビングの中、ソファーに腰掛けて、楽しげに笑いながら。ここに居る事がおかしくないと言外に示すように。
 明らかに居る筈が無いその少年の名を、リノウは思考停止した頭で、辛うじて呟いた。
「ア、クト……?」
「ん、どうかした? まだ寝ぼけてる? ミルクでも飲んで、目を覚ましなよ。あのバケツみたいな量は無いけどさ」
 そう言いながら、彼は瓶を一本投げてきた。ミルクが入った冷たい瓶。話し方と良い、内容といい、確かに彼だった。
 けれど、彼はもう出て行った筈では無かったのか――
 その思考の狭間に、後から声が飛んできた。
「それで、アクト君。最終テストの結果はどうだったのかな?」
 リノウの隣を抜けながらフィーナが言った事に、リノウは更に訳が分からなくなった。混乱した脳裏の中で、唯一聞き取れた言葉を、鸚鵡返しで問い返す。
「テ、スト?」
「そ、テスト。そういう事だったわね、アクト君?」
「本当について来れるかどうかを試す為の、ね」
 彼はジュースを一息に飲み干してから、見つめてきた。昨日、レストでアクトが見せた、心をも見透かしそうな鋭い眼で。
「昨日リノウは地獄を見て、今日は俺に見捨てられて、精神的にかなり沈んだ筈。その地獄に落ちてなお、前に歩き出せるかどうか。一人になったとしても、旅人として生きていきたいと思うのか。それを聞きたかったんだ」
 ――……っていう事は。
 座り込んだまま、彼の言葉を何度も反芻する。少しずつ理解していく中で、とりあえず思い浮かんだ疑問を口にした。
「それじゃ、さっきの手紙は、嘘、だったの?」
「そゆ事」
 アクトの軽いウインク。言葉遊びをしている時に似た、楽しそうな笑顔で。
 彼は表情を、ほんの微かに引き締めた。
 楽しげに――嬉しそうに笑ったまま、穏やかな声で告げてくる。
「さぁ、これが最後だよ。もう一度、俺は聞きたい」

 言い切って、アクトが腰を上げる。部屋の中をゆっくりと歩きながら、説明口調で話し掛けてくる。
「ここに残れば、穏やかな生活ができる。フィーナさんも、リノウ一人受け入れるだけの余裕は有るって言ってくれてる。ここに残っていれば、危険な目に会う事も無く、穏やかな日々が送れる」
 彼が伝えるのは、確定された事実だった。一々言うまでも無い、分かりきった話。けれど、アクトは真剣な表情で、それを伝えてきた。
 アクトじゃないけど、続く言葉はリノウにも分かった。
「それを全部蹴ってなお、リノウは、シーカーの旅についてくる覚悟はある?」
 ――やっぱり、そうだよね。
 レストで彼から尋ねられた言葉より、遥かに重たい声に聞こえた。覚悟を決めろ、というのだから。
 だけど。
「アクト、それは答えを分かってて聞いてるよね?」
 立ち上がりながら、リノウは心から笑いかけた。彼も、心から楽しそうに笑ってくれた。

 穏やかな陽光が照りつける港街を、少年と少女が歩いていく。石畳の道を笑顔で歩く二人の会話や足音が、朝の街道に暖かく響き渡った。

あとがき
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by sora_hane | 2008-08-30 02:06 | 小説
 ――さて、まずは。
 足元のガラスを踏み壊しながら、室内に視線を彷徨わせる。
 この屋敷に来た時に案内された応接間の数倍は巨大な部屋だ。中央にリノウが寝かされていて、館側に人間達がいる。長机に座っているのは、リガード夫妻とジョグを含めて五人。驚愕と恐怖が混ざった顔をしていたが、リガードだけは驚きながらも笑っている。
 同時に、標的達の奥にある扉から、執事やメイドが雪崩れ込んで来ている。部屋の外にでも、非常時の為に待機させておいたのだろう。一人居るフルアーマーは、体格や持っている大剣からして、グロウに間違い無さそうだ。アクトは入り込んでくる人間達は無視して、先にリノウを振り返る。
「まだ壊されて無いみたいで何よりだけど、体の方は大丈夫?」
「う、ぅん。う、ご、きにく、い……」
 声が変なのはさっきので分かったが、動きが余りにも鈍い。麻痺薬でも飲まされたか。
「リノウ、これ舐めておいて」
 警戒は続けつつ、リノウに飴状の薬を手渡す。彼女は少し躊躇ってから、薬を口の中に入れた。二度ほど嘗めてから、少女が呟いた。
「苦、いよ……アク、ト」
 情けない顔になったリノウに、軽く肩を竦めて告げる。
「文句言えるんなら大丈夫。我慢して飲み込むように」
「う、ん……あ、りが、と。来、て、くれ、て」
「気にしないで。今は先に体治す事だけ考えて」
 小声で答えたリノウの頭を軽く撫でてから、足を前に踏み出して、その場に集まった人間達を改めて見つめなおした。
 飛び込んできた執事とメイドの数は、五十前後。一様に剣やナイフを手にしている。標的達を守るように人壁を形成していた。その守護する内側に、残りのターゲットが居る。
 と。その壁の向こうで、誰かが拍手を打ち鳴らした。メイド達の壁が僅かに動いて、その人物の顔だけ見えるようになる。リガードだ。
「いやはやアクト君、驚いたよ。事件を解決させたのなら、もう帰ってくれても良かったのだがね。どうしてここに飛び込んで来た? というより、どこから気がついた? いや、むしろここに何をしに来た?」
 声の調子は穏やかだが、そこに優しい老紳士の空気は無い。背筋を凍らせる敵意を放ってくるだけだ。
 単純な事ですよ、と前置きしてから、アクトはゆっくりとした口調で告げた。
「仕事を終わらせに来ただけですよ。この連続誘拐事件を探って来い、って事で。ストラグル本国にいる、別人の依頼でね。当事者の皆殺しも考えてたんで、この場合はリノウ以外、皆殺しですね」
「成る程成る程。では、こちらに送られてくる筈だったライアが来なくなったのも、偶然では無いのかね?」
 窮鼠が噛み付いてくる様子を、象が見下ろすような表情だ。相当余裕を感じているらしい。
 ――ま、時間をかけてくれるなら、こっちとしても有り難い話だけど。
「ご想像の通りです。ライアの身辺を整理してから、確信の上で殺しました――彼も、この三文芝居の役者だったのでしょう?」
 リガードが楽しげに笑う。その笑顔が正解だ、と告げていた。
「彼が幾度もこの街に足を運んでいた事は、こちらで調べがついています。それは恐らく、打ち合わせだったのでしょう。初日のあなた方の発言からも窺えましたからね。私が『ライア』の名前をあげる前に、グロウさんが彼の名前を知っていた。シークスの返答はグリーンシーカーを送る、という文面だった筈なのに」
 そう。初日、ロブには名前を教えたが、フィルト家では一切その名を発言していない。にもかかわらず、グロウがその名を呼んだ瞬間から、目星を付ける事ができた。
「は――やれやれ、俺も馬鹿になったもんだねぇ」
 人壁の中から、男の――グロウの自嘲する声が上がる。リガードが軽く肩を竦めた。
「そこはこちらのミスだったな。だが、それだけではグロウさんだけが犯人だと判断もできたんじゃないのか? どうやってここだと分かったんだね?」
「細かい点で言えば、幾つか有ります。ジョグさんの執務室を見た瞬間に、癒着を考えましたし。貴族が来る前日か当日に少女が消えているのも、十分怪しむ点でした。彼らがここに集まっているのは想像できましたから。ただ、最大の確信を得たのは今日の事です」

「今日?」
 虚を突かれたのか、リガードの表情が間の抜けた物に変わる。アクトは含み笑いを浮かべながら、えぇ、と頷いた。
「あなた方が、最後の詰めに使おうとしていた道筋。犯人役の人間達は、下水道のマンホールまで逃げて行ったんです――その手前に『雨水排水路のマンホール』があるにも関わらず。それを使っても『出口はほぼ同じ場所にある』のに」
 グロウが用意していた地図にも、はっきりと示されていた事実。ただ逃げる事を考えるなら、明らかにあの中に逃げ込めば早かった。
「彼らの足であれば、前もってマンホールを空けておけば、ギリギリ姿を見られずに逃げ込めた筈。空けておかずとも、施錠されていた訳じゃない。一人か二人は逃げ込む事ができた。なのに、あえて遠くにある下水道へと彼らは向かった。どうして?」
 問いかけて、言葉を切る。答えないリガードの代わりに、最後の答えを口にする。
「彼らは下水道から逃げなければならなかったから。つまり、彼らは始めから犯人として捕まって、逃走経路に下水道を使っていたと思い込ませる為の存在だった。雨水排水路には、フィルト家の領内という出口があるから、万が一にでもフィルト家に疑いを持たせる訳には行かなかった。違いますか?」
「――私達が慎重になりすぎた、という事か。そんな所に気がつくとはね。駆け出しとは思えない洞察力だな、アクト君」
 人壁の中で俯き、リガードが哄笑をこぼす。狂ったピエロを思わせる、狂気的な笑い声で。リノウはおろか、執事やメイドすら顔色を悪くする中で、リガードを直視し続ける。
 彼は暫く笑い続けると、唐突に顔を上げた。チシャ猫のように歪んだ笑顔だ。
「面白い。実に面白いじゃないか、アクト君。その洞察力は素晴らしい」
「誉め言葉は素直に受け取りましょう。それで、後に続く言葉は何ですか?」
「君なら聞くまでも無いんじゃないのかね?」
 リガードはそう言って腕を伸ばし、指を鳴らした。途端、壁になっていた執事やメイドの気配が変わる。
 アクトは何も言わずに、リノウの傍まで後に下がった。
「アクト君。君ほど頭のいい人間なら、この後どうなるか分かるだろう。私達は君を殺す事ができる。生きたまま手足をもいで、目玉を抉って、腸を引き出して、脳味噌をぶちまける。リノウは予定通り壊した後で、君と同じ方法で殺す。この死は不可避だという事は分かる筈だ。術は使えないとグロウさんから聞いたからね」
 わざわざ確認されるまでも無い事だ。だが、彼はあえて強調した。続く言葉は、言われるまでもなかった。
「だが、君のその洞察力は惜しい。だから、君に問いたい。私の下に来る気はないかね? 君が調べた通り、私は貴族に顔が効く。出世するには一番の早道だと思うが。金銭面でもサポートしよう。今、殺された貴族の事も目を瞑る。だから、その依頼を破棄するつもりは無いか?」
 ――まぁ、そう来るよね。
 リガードの発言に、アクトは嘆息を零した。余りにも予想通りだと、聞いていて哀しさすら覚えてくる。
 が、余りにも魅力的な提案だ。金銭面でのサポート、レッド以上の地位。底辺に居る子供に送られるプレゼントとしては、破格にも程がある。レッドが受け取らない理由など無い。
「魅力的な提案です。では、これはもう必要ありませんね」
 彼と同じ笑みを口元に浮かべ、懐に手を入れ、目当ての物を抜き出す。レッドシーカーである事を示すカードを
「ア、クト……な、にを?」
 後から、震える声でリノウが言う。アクトは答えず、月光の中にそれを示して、両手でカードを摘み上げ――引き裂いた。
 リノウが絶句するのが、呼吸から分かる。アクトは彼女を振り返らずに、残骸を後へ投げ捨てた。
 リガードが人垣の中で笑みを濃くした。執事達から溢れていた敵意も消えた。
「そうか。嬉しいよ、アクト君。さぁ、リノウの前から」
「その前に、三つほどお伝えしておきます」
 嬉々として言うリガードの機先を制し、アクトは指を三本立てた。視線だけで問い掛けてきたリガードに、まず一つ目の指を閉じる。
「後腐れ無いように言っておきますが、私はファルシークです。初日、グロウさんが指摘した通りに、ね」
「けっ。マジでそうだったのかよ、テメェ」
 人垣の中で、グロウが忌々しそうに吐き捨てる。だが、リガードは構わずに微笑むだけだった。
「今となっては構わないさ。君が地位を望むなら、無論シーカーの地位は準備するよ」
「ありがとうございます。では、二つ目」
 呟きながら、更に後へと下がる。リガードの瞳に怪訝な色が浮かんだ所で、はっきりと告げる。
「ファルシークとして、私は術が使えないと言いました。けれど、術を使えるシーカーが共に来ていないと言った覚えは有りません」

 朗々と告げた言葉に、リガード達の顔色が変わる。だが、既に手遅れだ。
 背後から、灼熱色の光が溢れ出す。同時に、青年の――クルトの咆哮が、月下に轟いた。
『ファイ・ストム!』
 巻き起こったのは、未曾有に降り注ぐ焔の豪雨。術士のクルトが好んで使う術の一つ。
 ――よし。
 アクトは内心で握り拳を作った。クルトは、初めから部屋の外に隠れていた。カードを破いたら詠唱を開始しろと伝えておいた作戦が、上手く行って何よりだ。不意を打てた為に、グロウの対処が遅れた。お陰で、これ以上ない好機が生まれた。
「リノウ、見ない方がいいよ。動けるようになったら、すぐに逃げて」
 リノウに忠告してから瞼を下ろし、アクトは三つ目の嘘に取り掛かった。

 ◆◆

『ファイ・ウォール!』
 グロウが人壁を覆い隠せるほどの焔の壁を作り上げる。焔のシェルターに身を潜めながら、リガードは怒り狂っていた。
 ――舐めた真似をしてくれた物です。
 必死に怒りを抑えながら、心で呟く。折角出してやった仏心を、あの子供は無下に扱った。育てた執事やメイド、最前列にいたロイドも殺したのだ。許される筈が無い。
「グロウさん。リノウを残して殺して下さい。別の男共々」
「当たり前だ!」
 象を狩る獅子を思わせる、噴火にも似たグロウの咆哮。仲間をも震え上がらせる咆哮に、リガードは満足しながら頷いた。グロウは殺しに慣れた人間だ。望み通り、苦痛を味あわせて殺す方法も熟知している。せめてその表情を見なければ、この溜飲は下がらない――
 やる気の無い声が聞こえてきたのは、そんな時だった。
「おーい、そのシェルターの中に居る糞どもー。黙りこくってるアクトに変わって、三つ目の言葉、教えてやるよ」
「おい、テメェラ。やるぞ」
 焔の雨が止むと同時に、シェルターを解除しながら、グロウが押さえ込んだ声で回りの執事達に呼びかける。リガードも男の話など、初めから聞いていなかった。だが、男は話し続けた。
「三つ目。ファルシークの言葉はほぼ全部嘘で、アイツは本物のファルシーク。そこのオッサンより位が高い『ブルーシーカー』なんだよ、本来は」
 焔のシェルターが解除される。外にグロウ達が飛び出していく――
「術が使えないなんてのも、当然ながら大ホラだ」
 青年の声と共に、地上にて新緑の光が膨れ上がった。リガードは、己の血の気が引く音を確かに聞いた。
 手の甲を新緑色に輝かせている少年が、凛と澄んだ声で、詠唱を宣言する。
『レィジ・ウィル・パルゥド』
 それが、リガードが最後に聞いた言葉だった。

 ◆◆

 術が効力を失くした頃、ダイニングはさながらギロチンが踊り狂った処刑場と化していた。
 男も女も、貴族も執事も、物も人も、肉も骨も、皮膚も脳漿も何もかもが混ざり合った塊が、鮮血に濡れて広がっている。解き放った術の影響で、頭上でシャンデリアがクルクルと、古びた鎖に悲鳴を上げさせながら廻っていた。
 斬撃を伴った風を無作為に、大量に発生させる、風の精術。発動させたのは久しぶりだが、威力と攻撃範囲は申し分ない。
 ――これで、発動までもう少し早ければなぁ。
「ぅぁぁぁああッ!?」
 気が触れた少女の悲鳴。嘔吐する音も聞こえてきた。今すぐ助けてやりたかったが――けれど、アクトに振り返る事は許されなかった。肉片の土壌の上に、傷一つ無く立つ鎧が居るから。
 内部のグロウが生きている事は、僅かに漏れてくる呼吸音から分かっていた。恐らく無傷だろう。木の机程度なら切断する事ができる風術も、一定以上の硬度を持つ物質には効き目が無くなる。風の術は元々、アーマーを相手にする為の術ではない。
「まーた厄介な野郎がいるな、おい」
 いつのまにか隣に来ていたクルトが、呆れ声で呟く。肩に長杖を乗せた、やる気の無い顔。
 アクトも躊躇わずに首肯した。
「俺は風しか使えないし、クルトは焔がメインの術士。アイツも焔の術を使ってたから、焔は効き目薄いんだよね」
「さっきみたいに、簡単な防御術で楽々防がれるからな」
 グロウが張った焔の幕は、発動まで一秒とかからなかった。不意を打った攻撃で簡単に防御が間に合っては、まともに対峙して通じる筈も無い。
「挙句の果てに武器がナイフと杖じゃね。逃げたいんだけど――」
『――この糞ガキァァァ!』
 鎧が咆哮し、大気が震えた。素直に逃がしてくれる程、生易しい相手ではなさそうだ。
 大体、動けないリノウを担いで逃げ出せるとは思っていない。見捨てる選択肢は、始めから存在していない。
「逃がしてくれそーも無いわな。ていうか、本当に逃げるつもりなら、わざわざあの子助けてないしな。どーするよ?」
 グロウの咆哮に震える事も無く、平坦な声でクルトが聞いてくる。アクトはナイフを引き抜きながら彼に答えた。
「動きを止めて上から潰すしかないだろうね。隙見つけたら宜しく、って事で上行って」
「よし来た」
 全て理解したらしいクルトの応答。クルトが少し回り込むようにして、二階への道を探しに行く。
 クルトの行動が見つからないように、足音を立てて走り出す。
『小僧ォォォッ!』
 血飛沫に濡れた鎧が吼えた。膨れ上がった殺意を真正面から受け止めて、アクトはグロウへと突撃した。

最終戦、開幕――
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by sora_hane | 2008-08-30 02:05 | 小説
 バケツの水を排水路に捨てる勢いで、ミルクが少女の胃袋へと流れ込んでいく。九杯目のバケツグラスを何の躊躇いも無く空にしていくのは、レストの中では恒例の光景なのか、客もマスターも驚く事は無い。異常だと思える理性を残しているのは、アクトだけらしい。
 ――誰でもいいから早く来てくれ……。
 隣でオレンジジュースを啜りながら、アクトは心の中で呟いた。少女が帰ってくる予定時刻である四時までは、まだ暫くの時間がある。にもかかわらず、アクトの財布の中身と、リノウが飲んだミルクの会計を比べてみれば、既に払える限界のラインへと辿り着いている。これだけ飲めば十分だと思うが、もしこれ以上お代わりを頼まれたら――
「ぷはー。マスター、もう一杯」
「止めて。経費で落とす前に、手持ちが尽きるから」
 口周りの牛乳を拭い、何食わぬ顔でお代わりを注文するリノウに、アクトは半眼で言った。
 えー、とリノウは不満そうに呟いたが聞き流す。これ以上頼まれたら、本当に金が払えなくなる。
「第一、リノウが始めから金を持ってこないのが間違ってるだろ。大富豪の娘が、どうして一文無しで街をぶらつくかな」
「お小遣い貰ってないもん、仕方ないじゃん」
 リノウは呟きながら、グラスの底に残ったミルクを意地汚く吸い上げている。容姿や行動がどう見てもお嬢様の物では無い事に、彼女は気がついているだろうか。
「それよりさ、今日って結局何をするの? 犯人の逮捕、って事は分かってるけど、ボクは具体的に何をすればいいの?」
「……やっぱりお代わりしていいから大人しく――」「待たないからね」
 猛禽類を思わせる鋭い眼差し。例え両足を手錠で縛った所で、手錠を引きちぎって追いかけてくると分かる眼。
 アクトは説得を諦めて、カウンターに現場の地図を広げた。
「いいかい? 今回の現場は、大通りを一本奥に入った場所にあって、人目にはつきにくい。人通りは殆ど無く、道の先には数件の民家があるだけだ」
 地図の中心に指を置く。リノウが頷いたのを見計らってから、説明を続ける。
「この道は脇道こそ少ないけど、隠れる場所は幾つかある。犯人達はそのどこかに潜んで、民家に住む女性を狙ってる」
「うんうん……それで、ボク達は何をするの?」
 リノウが楽しげに――この非日常を楽しんでいるのだろうが――言う。指の位置をずらして、昨日訪れた場所を示す。
「俺達の目的は、女性に襲い掛かる犯人を捕まえる事。けれど、この道のどこで女性が襲われるかは分からない。だから、俺達とグロウさんは昨日のここで待機して、餌にかかるのを待つ。まぁ、その人が戻ってくる時間は決まってるらしいから、そんなに待ちはしないだろうけど」
 アクトは壁掛け時計を見上げた。女性が戻ってくる四時まで、後二十分程か。
「餌にかかったら、速攻で捕らえる。全速力で飛び出して、女性に危害が加えられる前に終わらせる。そこから先は、俺の仕事」
「仕事って?」
「事件解決、だよ。これだけ大規模な蒸発が起きてるって事を考えると、実行犯とは別に、事件を起こしてる黒幕がいると思う。そいつらを探し出す」
 ――それから、ファルシークとしての仕事も、ね。
 最後は言葉に出さず、心の中でのみ呟く。リノウに知られるのは、何があっても避けたい。
「そっか……ボクも勿論手伝うよ! 今日がこの街に居る最後の日なんだから!」
 握り拳を作って、リノウが真剣な表情で言う。そんな少女に向けて、アクトはかねてから感じていた疑問を問い掛けた。
「あのさ……何でリノウって、旅に出ようって思ったの?」

 リノウがきょとん、とした表情になる。
 彼女は、初日の説明だけで全て説明できたと思っていたのかも知れない。
「えっと……色んな物を見たいから――」
「それだけじゃないだろ?」
 アクトは少女の瞳を見据えた。
「田舎街に住んでる世間知らずのお嬢様が、お供も付けずに旅に出る。俺がリノウの父親の立場だったら、絶対に許してない――相当の理由が無いとね。旅に出る理由が世界が見たい、ってだけじゃないとは思ってた。良かったら、教えてくれない?」
 わざわざ考え直すまでも無い、当たり前の話だ。親でない人間であっても、簡単に思い浮かぶ疑問だから。
 リノウは悩むように表情を曇らせた。多少うめき声を上げながら、天井を見上げている。アクトはその間、何も言わないでおいた。無理やり聞きだして良い話でも無い。あくまでリノウが決める事だ。
 そして、時計の長針が9の文字盤を通り過ぎた後――少女は消え入りそうな声で呟いた。
「ボクと、父さんと母さんって、年が離れてるの分かるよね」
 記憶の中から、四日前に出会った彼女の両親を思い出し、頷く。初老を少し過ぎた白髪の紳士と、皺が浮かび始めていた貴婦人。リノウの年はどれだけ高く見積もっても、自分と同年代でしかない。親子、というより孫と言ってもいいほどの年の差が合った。
 更に、
「髪の毛の色もも違うしね。リノウは金髪だけど、フィルト家夫妻は黒髪。リノウとフィルト夫妻、実の親子じゃないんだろ?」
 黒髪の両親から、金髪の子供が生まれる訳も無い。つまり、遺伝の関係上、リノウがあの二人の実子とはなりえない。
 リノウは寂しげに笑い、頷いた。
「ボクと父さん、母さんが実の親子じゃないって事は、十三歳の時に知ったんだ。それまでは無邪気に信じてたんだけどね、親子って」
 話したら、何かがすっきりしたのかも知れない。彼女は上機嫌そうに笑って、続けた。
「ボクね、五歳より前の記憶が無いんだ。父さんの話だと、この街の中で行き倒れてた、って言ってた。そこで父さんと母さんは、ボクを助けてくれて、育ててくれた。この恩は一生かかっても忘れられないよ」
「だけど、昔の事が知りたい。本当の両親は誰なのか。どんな子供だったのか。どうして捨てられなければならなかったのか――だから?」
「うん」
 気負いの無い、本心がそのまま吐露されたような返事だった。
「見つかるかもわかんないし、生きてるのかも分かんないけどね。気にしちゃったら、もう知らないまま居たくないんだ。何があったのか、知りたいんだ」
「……実の娘でもないのに、リノウをここまで育てた、か」
 ジュースを飲み込みながら、ポツリと呟く。どうしてリノウがここまで自由に育ったのか。子供っぽいままで、両親が旅に出る事を許可したのか――今まで疑問だった事が、やっと腑に落ちた。
 最も、リノウには聞こえなかったらしい。彼女は空気の音しかしなくなったストローをくわえたまま、
「父さんと母さんには、ずっと感謝してるんだ。この街に残った方が、きっと喜んでくれるとも思うけれど。やっぱり、抑えきれないんだ。知りたいんだ……ボクが旅に出るのは、そんな理由だよ」
「成る程ね。ありがとう、大体納得できたよ。けれど、流石に護衛無しで旅立つのは無茶じゃない?」
「大丈夫だよ! 近づく人は皆敵だって教わってるから!」
「その敵である俺に、そんな笑顔向けてどうするんだよ」
 半眼で呟くと、リノウが分かりやすく石化する。アクトは心より呆れながら、同時に笑った。
「旅立つの見直したら?」
「ヤダ!」
 小気味よい即答。絶対に自分の意思は曲げない、とはっきり分かる声。子供が我侭を通そうとしているだけにも聞こえるが。
「ま、決めるのはリノウだからね。どうしても行くって言うんなら止めやしないけど……あぁ、そういやまだ、話して無かったね。全然」
「え、何を?」
「旅人としての経験とか、心構えとかそういうの」
 残っていたジュースを一息に飲み干してから、時計を見やる。まだ、来るまでには数分ほどの時間は有るか。
 ――なら、これ位伝えても許されるだろ。
「これは旅人として、って言うよりはシーカーとしての言葉なんだけどね。必要と有れば全てを騙せ、って言葉がある」
「……凄い言葉だね。そんな世界なの、外の世界って?」
「いや、これは俺の師匠が特別だっただけだと思うけど。けれど、それ位の覚悟は必要だと思うよ。近寄ってくる人間は皆敵だって言う教えも、あながち間違った物じゃない。それでもなお、リノウは外に出て行きたい?」
 貫くように少女を睨み据える。リノウは瞳を逸らす事無く、瞬きする事も無く、見つめてくるだけだった。
「ボクは探しに行くよ。知らないままで居たくないから」
「シーカーを使って探して貰う、って事は――」
「ボクが、ボク自身で見つけたいんだ。ボクが調べて、ボクの目で知りたいんだ」
 揺るぎない、強き声。鋼の如き信念を持って歩き出す者の言葉だ。
 ――何があっても、折れそうに無いな。
 僅かに苦笑して、先に瞳を逸らす。この意見を変える事は、何人にもできそうにない。
 アクトは質問を変えた。
「それで、始めに行く場所は決めてるの?」
 リノウの気配が少し遠くなった気がした。そんな事も考えていなかったらしい。
「えっと……と、とりあえず首都に行って――」
「それから? 長く旅をするんなら、その為の資金も居るよね。何より情報を漁るなら、宿に泊まるよりはどこかに家でも借りた方がいい。また、情報の漁り方も全部練習しないといけない。真偽の確かめ方も理解しないと、嘘の情報に踊らされるよ?」
 苦しそうに答えたリノウに、追撃の言葉を投げかける。ちらりと横目で見やると、彼女は力なくカウンターにうなだれていた。何も考えてなかったらしい。
「で、もう一度聞くよ。これだけの事、考えてた?」
「……全然」
 消え入りそうな声で、リノウが呟く。涙声に聞こえたのは、気のせいではなさそうだ。
「そんな状態で出ても、話にならないよ。何か手がかりを見つけるより早く、フィルト家に帰ってくる事になる。それでも、リノウは外に行く?」
 リノウはカウンターに沈んだまま、短く頭を上下させた。ここまで来ると信念というより、ただの頑固者と言った方が良さそうな気がしてくる。けれど、彼女が心を変えないだろう、という事だけは確実だ。
 なら、してやれる事は一つだけだろう。
「リノウ。シーカーの旅についてくる気はある?」
 リノウが突っ伏していた顔を上げて、怪訝そうな顔を向けてくる。アクトはニヤリと笑いながら、分かりやすく要約した。
「俺の旅について来るか、って事。子供に過ぎないけど、これでも世界を飛び回ってるから、情報も手に入る筈。何より、一人旅ってのは暇なんだ。話し相手ができるってだけで、俺としても嬉しいし」
「良いの!?」
 どんぐりの森を見つけたリスのように、リノウが喜色に溢れた笑顔を見せる。アクトは笑いながら大きく頷いた。
「リノウがそれを望むなら。今まで何も話してあげられなかったからね。まぁ、事件が解決できてからの話だけど」
 ――できる限り、リノウはこっちに引き寄せておいた方が楽だし。
「勿論ついて行くよ! アクトとなら、楽しそうだし!」
 リノウが実に楽しげに言う。何もかもを信じるような、旅人とは程遠い笑顔で。
 本心を顔に出さず、微笑みと共に右手を差し出す。
「数日間だけの筈が、長い付き合いになりそうだけど。宜しくね、リノウ」
「こちらこそ!」
 リノウが純粋な笑顔と共にその手を取る。笑顔の仮面で心を覆ったまま、アクトも彼女と硬い握手を交わした。


    ◇◆◇


「――以上。理解してくれたな?」
 潜んでいる細道の中で、説明を終えたグロウが念を押すように告げてくる。アクトは、リノウと共に短く頷いた。
 グロウがプロテクターと巨大な剣を装備してレストにやってきたのは、約束の時間に一秒と違わなかった。性格的にはかなりキッチリとした人間かも知れない。
 その後は予定されていた通りに、店の裏口を通って細道に出て、その場でグロウから作戦を教えられた――まぁ、作戦は聞いていた物と同じだったが。
「よし。なら、飛び出す前に確認しておきたいんだが……坊主と嬢ちゃんは、術は使えるか?」
 グロウが真剣な表情で呟いた事を、アクトは静かに否定した。
「残念ながら、精術は使えません。リノウも術を扱う修行は受けていないでしょうから、私達は二人とも使えないと判断して下さい」
「ったく。お前みたいな奴がどうしてシーカーになれたんだかな」
 心から呆れ果てた様に、グロウがうめき声を上げる。表情を不満そうに歪めたリノウの前で人差し指を立ててから、すみません、と小さく謝った。
「グロウさんは使えるんですね?」
「炎を使える。対した物じゃねぇけどな、人一人殺す位はできる。不用意に俺の前、飛び出すなよ」
「分かりました――それじゃ、そろそろ」
 その言葉だけで理解してくれたようだ。グロウは頷きもせずに、細道の出口へと移動した。アクトもリノウと共に、音を殺して彼に続く。
「アクト、頑張ろうね。グロウさんにあんな事言わせてないで、さ」
「俺が半人前なのは事実だから、何も言い返せないよ。今はとりあえず、結果を出す事だけを考える」
 リノウに小声で返してから、アクトも細道の出口で足を止めた。グロウと逆側の壁に立ち気配を殺し、裏道に視線だけを投げる。五人の男達が、道端に転がっていた粗大ゴミの裏手に居た。
 彼らに一番近いのは、アクト達の組らしい。間合いまで、十歩も無い――リノウにも活躍して貰う事になりそうだ。
 同時に、彼らが待ちわびているらしい女性の姿も、裏道の方に見えた。転がっているゴミを避けて、気負いの無い足取りで歩いてくるのがハッキリ見える。あの調子で行けば、一分もすれば男達の傍を通り過ぎる。
「……緊張するね」
「こればっかりは場数踏んでもどうしようもないしね。一分もすれば、全部始まる。覚悟しときなよ」
 アクトは左手をそっと差し出して、リノウの手を軽く握った――緊張で震えていた掌を。予定外の動きをされては、全ての作戦が泡に帰すから。
 テクテクと、女性が近づいてくる。男達が、動き出す構えを取り始める。アクト達はまだ、動かなかった。
 粗大ゴミを遠回りするように、女性が歩いてくる。男達が行動の準備を終える。アクトは走り出す構えを取りつつ、リノウが飛び出さぬようにその手を強く抱きしめていた。
 待ち受ける困難も知らず、女性が粗大ゴミの傍を歩いていく。現場に緊張の糸が張り詰める――
 そうして。
 女性が粗大ゴミの傍を抜けると同時に、男達が一気に飛び出した。シーカー達が動き出したのも、同一のタイミングだった。

 男達が、一斉に彼女を取り囲む。声を上げる時間すら与えずに、一人の男が手刀で女性を昏倒させた。そこで、男達が左右を見回した。目が合った。
 アクト達に気付いた瞬間に血相を変え、女性を残したまま、男達が裏道へと逃げていく。だが、遅い。
 アクトはポケットに手を入れ、投げナイフを引き抜いた。投げつけ、最後尾を走っていた小太りの男の足首を打ち抜く。
「ギッ」
 引きつった悲鳴と共に、男がその場に倒れ落ちた。男達は立ち止まる事無く、一目散に逃げていく――
『ファイ・ストレ!』
 その男達に、人間大の火の玉が襲い掛かった。焔は一人に直撃し、悲鳴ごと男を飲み込む。男を地上に倒し、焔が爆散。後には煤焦げた人間だけが残っていた。かろうじて生きてはいるようだが、もう動く事はなさそうだ。
 これで、残り三人。このまま行けば軽く間に合う――筈だったのだが。残った三人の内の一人が不意に立ち止まり、こちらを睨み据えて来た。盾になるつもりらしい。
 アクトは短く舌を打った。振り向いてこなければ、全員順々に撃ち抜いたのだが。十数秒も時間が取られるとすれば、少し面倒な事に――
「アクト、グロウさん! 先に行って!」
 真横のリノウが吼えたのは、そんなタイミングだった。
 リノウを一人で戦わせる。一番想像したくなかった、最悪の申し出だ。戦闘を知らない少女を一人で戦わせる。余りにも危険すぎる。怪我で済むか、それすらも想像がつかない。
 けれど、問答を繰り返す時間は無い。
 ――仕方ないか。
「怪我するなよ!」
「うん!」
 小気味良くテンポ良い少女の返答。倒れ伏してうめき声を上げる男の顔を踏み潰しつつ、立ちはだかる男の横を駆け抜ける。リノウの睨みが利いているようで、男は追ってこなかった。
 ――怪我しないでくれよ、リノウ……!
 内心で叫びながら、先へと走り去る男達を睨み据え、アクトは一層早く駆け出した。

少女の戦――
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by sora_hane | 2008-08-30 02:04 | 小説
 起きたら、暖かいベットの中だった。可愛らしいヌイグルミに囲まれた、フカフカのベットの中だった。
 どうしてこんなベットに居るのか、ボクは何も分からなかった。どうやってベットに入ったのか、何も知らなかった。
 ――ここ、どこ?
 ――あぁ、起きたかい、リノウ?
 ボクの上から、声がした。顔を上げて、上を見た。知らない人が、ニコニコと笑っていたのが見えた。天使みたいな優しそうな人だった。
 ――おじさん、誰?
 ボクは聞いた。ボクの名前を知っているけど、ボクはこの人を知らないから。
 その人は、ボクの頭に手を乗せて、優しい声で答えてくれた。
 ――君の父親だよ、リノウ――

「――リノウ! 起きなさい、リノウ!」
「ひひゃいっ!」
 怒鳴り声に鼓膜を殴られて、リノウは反射的に上体を起こした。
 慌てて左右に頭を振って、声を上げた人間を確認する。けれど、周りには誰も居なかった。
「あれ?」
 首を傾げる。途端に、ため息が聞こえた。
「後ろよ、後ろ」
 声に指示されたままに、体を向けてみる。恩師が呆れ顔で立ち尽くしていた。
「あ、先生。おはようございますー」
 リノウは朝の挨拶と共に、ぺこりと頭を下げた。それから、頭を上げて大きく欠伸をする。今までずっと寝ていたのに、何だか酷く眠かった。
 ――にしても、懐かしい夢だったなぁ……何で、急にこんな夢見たのか、わかんないけど。
 軽く背筋を伸ばしながら、夢の中身へと考えを飛ばす。とても懐かしく、暖かい夢だった。初めて、両親と出会った日――リノウの記憶が始まった日。
 今、こうして生きているのも、あの日に両親と出会えたからだ。
 ――感謝してもしきれないや、父さんと母さんには……。
「おはよう、はいいのだけれどね。どうして、机で寝るかしらね」
 昔を思い出していると、先生の凍りついた声が飛んできた。
「机?」
 とりあえず、姿勢を元に戻してみる。長年使い続けてきた木の机と、涎がついてた教科書が目に付いた。
 腕を見てみると、頭が載っていたような跡が残っている。本当に机で寝ていたらしい。
 ――あれ? ボク、何でこんな場所で寝てたんだろ?
 昨日、何が有ったのか思い返す。しかし、答えになるような記憶は何一つ蘇ってこなかった。昨日何をしていたのかさえ覚えていない。
 後から、嘆息が繰り返される。バツの悪い思いで、リノウはフィーナを振り返った。
「先生、ボク、何でここで寝てるの?」
「昨日の徹夜勉強、忘れたの?」
 その一言は、暗闇の中でランプを灯すように、記憶の闇を一瞬にして取り払った。勉強をサボってアクトに付きまとった結果、最後に捕まって、次の朝になるまでずっと勉強させられていた事を。その時、今日からは勉強を夜からだけにしてくれる、と言っていた事も――
 アクトの所に行ってもいいと、言ってくれた事も。
「出て行くとき、ベットで眠るように言ったんだけどね。まさか灯りも消さずに、机で寝てるなんて思わなかったわ。ロイドさんに入らないであげて、なんて言うんじゃなかったわね」
 呆れ声でフィーナが呟く。リノウは少し頬を膨らませた。
「しょうがないじゃん、ボクだってこんな時間に寝るの初めてなんだし。テスト中もずっと眠かったもん」
 ――テスト中に、っていうか勉強してる間ずっとだったけど。
 正確に言えば、テストに入る前から、時々記憶が飛んでいた。きっと、その間は眠っていたのだろうと思う。こんな事言ったら、説教だから言わないが。
 折角アクトと会う時間をくれたのだから、今は存分にそれを楽しまないと――
「まぁ、次からはこんな事が無いように気をつけなさい。それよりいいの、アクト君の所に遊びに行かなくて? あまり時間無いわよ?」
「え――先生、今何時?」
 何か嫌な予感を覚えながら、呟く。フィーナはあっさりと答えてきた。
「もうそろそろティータイムね。三時前かしら?」
「嘘!?」
 座っていた椅子から跳ね起きて、閉じられていた雨戸を開く。太陽は南と西の中央にあった。
「今日の勉強は七時から始めるわね。それまでに戻ってきて、ご飯食べないと夕食抜きでやるわよー」
「い、今すぐ行ってきますー!」
 リノウは大声で叫びながら、追い立てられるように自室を後にした。服装が、兎が描かれた寝間着だという事も忘れて。

 数時間後、アクトに出会えなかった上に、夕食抜きで勉強をする羽目になって、机の上で泣いているリノウの姿がそこにあった。




 安宿に併設されている食堂は、常日頃と変わらぬ客の入りだった。ホールに入りきれないほどの客が来るわけでもなく、閑散としている訳でもない。
 そこに集まった客の一人であるアクトは、朝食である卵サンドに手を伸ばしながら、対面のリノウの話に耳を傾けていた。
「――って事なんだよ、昨日は。ホント、疲れたよー」
「馬鹿だねー」
 昨日、リノウが来なかった理由を、一通り聞かされて、アクトは笑いながらそう答えた。
 三時まで机で眠り続けて、起きたはいいけどパジャマのままで外に飛び出して、そして全部徒労に終わって、食事抜きで勉強をする事になった。これを笑わずして何を笑えというのか、と言い切れるほど馬鹿らしい話だ。
 けれど、彼女にとっては笑い話では済まなかったらしい。リノウが机を叩き、叫んできた。
「そんなに笑わなくたっていいじゃん! 本当につらかったんだから!」
 確かに、彼女には厳しい事だったのかもしれない。リノウの瞳には、若干涙が見えている。だが、ハンバーグカレーを高速で食べながら言われても、そのつらさは余り伝わってこなかった。
「つらいのは良いけど、話す時ぐらいスプーンを止めなよ。カレーはどこにも行かないからさ」
「お腹空いてるんだよー、何も食べて無かったから! それより、今度はアクトの番だよ! 昨日、ずっと何してたの?」
「この前言った通りだよ、ずっと現場を回ってた。幸い、ビニンの街はそんなに大きくなかったからね。昨日で殆ど回れたよ」
「へー……犯人とか、何か分かったの?」
 アクトは短く頭を振った。
「生憎、まだ分からない。人通りが少ない路地や、その周辺で行方を絶ってる人達ばかりだけど、どうやって女性達を隠したのかが全く分からないんだ」
 アクトは両腕を組んで、軽く背筋を逸らし、天井を見上げた。
 二ヶ月間もの間、警察がこの事件を解決できていないのは、どこまで行ってもその答えが見えてこない為だろう。発生場所からの逃走経路を考えれば考えるほど、不可能犯罪になっていく。
 警察の目を盗んで、女性一人を運ぶ。その行為自体が、ほぼ不可能だ。事件現場の周囲には、網を張るように警官達が巡回を行っている。模倣犯は全て、女性を運んでいる所を見つかって捕縛されている所からも、警戒の高さが窺える。
 事件現場の周囲には、民家が多い。その民家の幾つかが協力者の家だと考えても、発生現場はほぼ全てバラバラだ。警察に見つからぬように動いたとしても、二十以上の家が必要になってくる。第一、家に匿うとしても隣近所に怪しまれれば、その時点で隠し場所になりえない。無論、全ての事件現場から辿り着けて、なおかつ警官の巡回範囲に入らない場所などない。
 ――こういう事件だから、ロブさんがあんな高額を出したんだろうな。
 ビニンの警察隊副隊長の姿を思い浮かべ、苦笑する。彼は頭脳的な人間と言うよりは、明らかに肉体派の人間だから。
「それじゃ、今日はどうするの? 別の方法使って、答え探すの?」
「いや、現場を見て回るよ。まだ幾つか行ってない場所があるし」
 テーブルに残っていた最後のサンドを掴み、口に放り込む。咀嚼したそれをジュースで飲み込んでから、アクトは席から腰を上げた。
「それじゃ、そろそろ行こっか。どうせついて来るんだろ?」
 念のために聞いておいたが、聞くだけ無駄だというのは分かっていた。ついて来るつもりで無いなら、初めからここには来ないだろうから。
 案の定、リノウは楽しげに笑いながら、大きく大きく頷いた。
「勿論、ついていくよ! あ、その前に――」
「お代わり以外ならいいよ、何?」
「……うぅん、何でもない」
 リノウが不満そうに呟き、席を立つ。アクトは小気味良く笑いながら、伝票を手に取った。

 ◆◆

 アクトに先導されて、始めに連れてこられた事件現場は、アクトの宿から一時間ほど歩いた場所だった。彼が話してくれたままの寂しい通りで、住宅街と大通りの中間にある道だ。拉致して逃げるには良い場所みたいだ。
 でも。
「この場所って、逃げ場所無いよね?」
 何度も言われていた事だけど、リノウは改めてアクトに尋ねた。
 地図を見せてもらったから分かるが、この先は袋小路になっていた。道は激しく曲りくねっているけど、身を潜める場所も逃げる道も無い。少女達を閉じ込めておける倉庫がある訳でもない。そして、ここから大通りまでの道のりも一本道だ。途中で逃げる場所もないし、隠れる場所もない。
 彼もあっさりと頷いて肯定した。
「ここと大通りの間も、確か警官が巡回してたんだよね?」
「あぁ。最近だったから、大通りとの入り口に一人張ってた。その警官は、少女が路地に入っていったのは見てた。他の人は、誰も入っていかなかった」
「で、何で消えたって分かったの?」
「一時間後に、帰ってこない娘を心配した両親が路地から出てきたんだって。そこから発覚」
「どういう事なんだろ? 分かんないよー」
 リノウはうんざりと頭を振った。
 逃げ道も隠れる場所もない所で、少女が一人蒸発した。誘拐どころか、少女が一人で消える事もできないような場所の筈なのに。
「その警察官が嘘をついてて、誘拐犯たちが普通に運び出したっていうのは?」
 証言が全て嘘だったと考えれば、答えは凄く単純になる。けれど、それもアクトが力なく否定した。
「俺も始めはそれを考えた。けど、例え嘘ついてたとしても無理なんだよ。発生したのが日が暮れる前で、帰宅ラッシュのピーク。道を歩いている人に目立つし見つかる。蒸発事件が世間にも広まってたから、一発でアウト」
「うー……アクトは何か分かんないの?」
「分かってたらこんな場所で途方に暮れてないよ」
 最もな言葉だった。リノウはアクトと共に、二人で深い溜息を吐き出した。まるで、出口が壊された迷路に迷い込んだ気分だ。
 陰鬱と淀んだ空気の中で、しかし、アクトは気分を切り替えるように、背筋を伸ばしてかぶりを振った。
「ま、ここにいても仕方ないよ。とりあえず、他の場所を回ってみよう」
「……そうだね。他の場所で、何か思いつくかもしれないしね」
 リノウが気休めに呟くと、アクトもそうだね、と答えてくれた。特に期待している声ではなかった。

 結局、気休めは気休めに終った。残されていた数ヶ所を回っても、つくづく不可能犯罪としか言えなくなってしまっただけだった。



 乾いた土が水を飲み込むように、バケツグラス満杯に注がれたミルクがリノウの体へと消えていく。「レスト」のマスターは全てを分かったように、二杯目を無言で作っている。どうせ支払う事になるのだろう、大量のミルク代を思いながら、アクトは嘆息をジュースで呑み込んだ。
 リノウは二杯目を受け取って、グラスにストローを入れてから、答えが存在しない問題を出された学生のような声を上げた。
「どういう事なんだろうね」
 アクトはさぁね、と生返事を返した。最も、彼女が悩む理由が分からない訳ではなかった。
 あの後回った全ての現場の、全ての光景。その半数以上の現場で、女性達を拉致するのは不可能だという答えが出た。何度も地図と、道筋と。警官の行動経路と、方法と。何もかもを、二人で考えた。けれど、リノウと共に手に入れた情報から導き出されたのは、不可能の三文字しかない。
 そんな状況が、今、現実に起きている。リノウでなくとも、頭を抱えるという物だ。
「昨日回った所も、大体似たような感じだったの?」
「そうだったよ。ここまで見つからないとなると、見落としてる道でもあるのかも知れないね」
「つくづく、どうしようもないね」
 リノウが肩を落として、力なくストローを吸う。心から、悩んで、考えてくれているらしい。関係の無い筈の事件なのに。
 ただ、彼女が損得で動く人間ではないのは、数回話しただけでも何となく伝わってきた。困っている人がいる、事件が起きている。ただそれだけで、リノウが首を突っ込む理由になりうるのかも知れなかった。
「なんだい、リノウちゃん。かなり凹んでるねぇ、どうかしたのかい? それに、アクト君も浮かない顔だね」
「あれ、そんなに落ち込んでる風に見えました? 隠していたつもりでしたが」
 アクトは顔を上げて、話し掛けてきたマスターを見やった。表情には出さないようにしていたつもりなのだが、彼にはばれていたらしい。
「長年こういう仕事やってるとね、ちょっとした変化に気付くようになるんだよ。リノウちゃんに比べて分かりにくかったけどね」
「リノウみたいに分かりやすかったら、シーカーとして問題有りますよ」
「アクト、どういう意味?」
 真横から叩きつけられる殺意を無視して、素知らぬ顔でジュースを啜る。リノウは暫く睨み続けていたが、最後には諦めたように視線を戻した。
「あぁ、そういえばアクト君はシーカーなんだってね。昨日、ここに来てたロブさんから聞いたよ。何か、探し物でもしてるのかい?」
「最近、この街で色んな女の人が消えてる事件が起きてるでしょ? アクトは、その捜査の為にストラグルから来たんだってさ」
 ストローをくわえたまま、リノウが答える。マスターも知っていたらしく、あぁ、と思い出したように軽く手を打った。
「また凄い事件を調査してるんだね、アクト君。だが、その表情じゃ、解決には程遠いみたいだね」
「そーだよー、全然分かんないよー……犯人も見つからないしー」
 グラスの水位を下げながらリノウがうめく。アクトも何も言わず、ただ溜息を吐き出した。
 ――カラァン。
 と、出入り口の扉に取り付けられたベルが鳴った。リノウと共に、視線だけ振り返る。
 途端、リノウが驚いた風に目を丸くした。
「あ、グロウさん! 珍しい所で会ったね!」
 リノウが声をかけると、初めてこちらに気がついたように、グロウが視線を投げてきた。
「嬢ちゃんか。それに、小僧。いい所で会った」
 ――いい所?
 アクトはリノウと顔を見合わせた。いい所も何も、喫茶店の何が良いのか。が、困惑する二人には構わず、グロウはカウンターに近づいてきて、
「マスター。悪いけど、裏口から外に出してもらえないか?」
「あぁ、構わないが。グロウさん、何か見つけたのかい?」
 彼は多少興奮した声で、
「この店の裏で、妙な男達が集まってる、って聞いたんだよ。探り入れとこうと思ってな」
「男? もしかして、犯人――」
 アクトは掌でリノウの口を塞いだ。
「喋り過ぎないようにね、リノウ。グロウさん、それはどこからの情報ですか?」
「警察からだ。三日前に目撃情報が有ったって、下っ端の警官から教えられた」
 ――三日前?
 ふと、疑問が浮かぶ。けれど、それが形を為す前に。
「それ、ボクらに教えに来てくれたの?」
 掌を剥がして、リノウがグロウに問い掛ける。彼は即座に頭を振って否定した。が、すぐに笑みを浮かべると、
「小僧と出会ったら、教えようとは思ってたけどな。だから、いい所っつったんだよ。来るんだろ、小僧?」
 無論、その申し出を断る理由など、アクトにある訳がなかった。

 グロウが先に行った裏口から、音を殺して外に出る。人が一人通れるかどうかの細い道だ。その奥に別の道が見える。
 アクトは静寂に同化し――
「あ、ちょっと待ってよー!」
 けれど、後から静寂を粉砕する足音と声が追いかけてきて。アクトは溜息を吐いて、静寂を維持するのを放棄した。
「あのさ、リノウ。静かにしてろ、って言ったよね?」
「アクトがいきなり飛び出すからじゃん! ちょっと位ゆっくり行ってよー!」
 不満そうにリノウが叫ぶ。一秒前の言葉も理解してくれてないらしい。アクトは肩を落として、一言だけ呟いた。
「分かったよ……分かったから、何も言わないように」
「はーい」
 ――いいや、もう。
 色々と諦めて、歩みを再開する。と行っても、裏道に出る場所――グロウが先に張っていた場所までは、すぐに辿り着いたが。
 細道の角から僅かに顔を出し、裏道を確認する。今までと似た、人通りの無さそうな道だ。新聞紙も転がっていない綺麗な道だが、それはここを歩く人の数が少ない、とも言えるだろう。
 その道の一角、細道の反対側に、数人の男が集まっている。判でついたように人相が悪く、怪しさは抜群だ。それが集まって、小声で何か話している。
「あの人たちかな?」
 隣から顔を覗かせて、リノウが呟く。アクトは彼女の口の前で、そっと人差し指を立てた。
「嬢ちゃん、静かにしてくれ……」
 グロウからも呆れ声で言われ、リノウがむっと膨れながら口を噤む。少女が声を消した所で、意識を耳に集中させる。
「……ぁ、明日、ここ……四時に、女を拉致……逃げるのは、いつも……」
 途切れ途切れでは有るが、声が聞き取れなくは無かった。そして、断片から計り知れる言葉の内容は、明日の行動を決定させるのに十分な内容だった。
 ――ま、これで十分か。
「グロウさん、先に」
「ん、あぁ。分かった、俺はもう少しここにいる。ジョグさんに、何人か腕利きよこすよう言っといてくれ」
「分かりました。戻るよ、リノウ」
 必要な情報は手に入った。アクトはグロウに呟きかけてから、リノウにそっと耳打ちし、その手を引いた。
「え? アクト、あいつらは?」
「放っておくよ。今は見つからない内に、さっさと帰らないとね」
「え、え、何で? あいつら、犯人――」
 反射的にリノウの口を右手で抑え、半眼で少女を睨みつける。叫ばれるのは、余りにまずい。グロウからも冷たい視線がリノウに注がれていた。
 リノウもその事に気がついたのか、叫ぶ気配が消える。アクトは安堵の息を吐いてから手を離し、小声で呟いた。
「今は、まだ事件が起きてない。今襲い掛かっても、女性達がどうなるのか、何も分からないだろ? だったら、明日わざと事件起こさせて、その時に捕まえた方がいい。それに、こっちも味方が欲しいから準備しないとね。後、頼むから人の話聞いて」
「ご、ごめん……」
 リノウが雨に濡れた子犬のように縮こまって、小さな声で謝ってくる。アクトはもう一度嘆息して、それから、苦く笑った。
「まぁ、リノウの性格考えたら仕方ないしね。今度から気をつけてくれよ」
「う――うん」
 叫ばなくなっただけ、一歩前進と言うべきか。アクトは苦笑しつつ、グロウを残してその場を去った。

移動中……
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by sora_hane | 2008-08-30 02:03 | 小説
 東寄りに浮かぶ太陽が、屋敷の窓という窓から朝日を差し込んでくる。開かれた窓から流れ込む一日が始まる風に、気分が高揚していくのが分かる。動き出しているメイドや執事達も、きっと同じ気分だろう。
 朝の始まりをフィルト家で迎えるのは、リノウの家庭教師をしているフィーナにとって、毎日の事だった。浮き上がるような感触の絨毯の上を歩くのも、メイドや執事が動き回る中をロイドの先導で歩いていくのも、毎日の事――ただ。
「ロイドさん。昨日のリノウ、どんな感じでしたか?」
 フィーナは無言では歩かず、ロイドへと話し掛けていた。彼の方も、歩く速度は落とさぬままだが、言葉を返してくれた。
「御嬢様はとても嬉しそうでした。お戻りになられてからお話を伺った所、友達になれるかも知れない、と仰っておりました。アクト様も、御嬢様を嫌っている様子は有りませんでした」
「そう……ありがとう、ロイドさん。それなら、今日は少し早く切り上げた方が良いかしらね?」
 リノウは今まで友達を作れなかった。そんな彼女が始めて友達を作れるかもしれないのだ。アクトには迷惑をかけるだろうが、社会勉強の一環として友達にしてしまうのも、悪くは無いのかも知れない。
「私に話を振られても答えられません。御嬢様の教師はフィーナ様なのですから。御嬢様が明るい方が、御主人様はお喜びになると思いますが」
 ロイドの答え方は実に型に嵌っている物だった。けれど、決して冷たくは無かった。リノウが明るく振舞う事を、嫌っている訳ではないらしい。
 ――機械じゃないしね、執事って言っても。
「フィーナ様。到着致しました」
 呼びかけられて気が付けば、既に目的地に辿り着いていた。白壁の合間に突如として出現する青の扉。リノウの部屋である事を示す色。青のペンキをぶちまけただけの装飾も何も無い扉だが、彼女はこの扉が気に入っているらしい。
「リノウ、入るわよー!」
 フィーナは一声かけてから扉を開いた。まず見えたのは、シンプルかつ巨大なベット。部屋を両断する、入り口近くに配置されたベットは、リノウがすぐに眠れるようにと自分で動かした物らしい。床の上には数十のぬいぐるみが、夜な夜な部屋の中で走り回っているかのように、乱雑に散らばっている。昨日より数が少ないのは、彼女が整理をしたのだろうか。
 部屋にリノウの姿が見えないのは、毎日の事だ。普段は眠っている時間だから。今日も、布団の中央が大きく膨らんでいる。フィーナは軽く嘆息した。
「リノウ、いい加減に早起き癖を付けなさい。それでも旅人になる人間なの?」
 説教じみた事を呟きながら、フィーナはリノウの布団に手をかけた。
「起きなさい、リノウ!」
 一息に、布団を引き剥がす。投げ飛ばす心地で布団を後へと放り投げ――フィーナは、ベットの中身に、ただただ瞳を丸くした。
 ベットの中で寝ていたのは、パジャマ姿のリノウ、ではなく。人間一人分の体積はある、ぬいぐるみ達の集合体だった。
「ぬいぐるみ、ですか?」
 ロイドが困惑したように呟いてくるが、フィーナはろくに話を聞いていなかった。ぬいぐるみが勝手に迷い込んでベットの中に入る訳が無い。リノウが詰め込んだだけだろう。
 何故か? という問いに対する答えは、たった一つでしかない。フィーナは深く深く嘆息し、ポツリと呟いた。
「また逃げ出したわね――リノウ」

 ◆◆

「――こんな朝早くから、一体何ですか?」
 太陽が天頂に差し掛かるよりは早く、けれど朝というには遅い時間。アクトは自室の窓から顔を出して、道路に立つグロウに半眼を向けた。
「もう朝には遅いだろーが……小僧。嬢ちゃん、ここに来なかったか?」
「リノウですか? いえ、見ていませんが。何かあったのですか?」
 欠伸交じりに、グロウに尋ねる。彼は苦そうに顔を歪めた。
「あの嬢ちゃん、昔から脱走癖持ちでな。時々街に逃げるんだよ。どんな仕掛けをしたって、何の効果もねぇんだ。最近は旅人の勉強を頑張ってたんだが、また脱走しやがった」
「それで、来るとしたら旅人である俺の所、ですか。残念ながら、来てませんね」
「って事は、ただ勉強が嫌になっただけか……分かった。嬢ちゃん見つけたら家に戻るよう言っといてくれ。それじゃ、さっさと成果を出してくれよ」
 グロウは最後に釘を差して、別の道へと走っていった。
 足音が高速で遠ざかり、戻ってこない事を確信してから、アクトは部屋を振り返った。
「リノウ、グロウさんもう行ったよ」
「みたいだね。ありがとー! 本当に助かったよ!」
 安ベットの上で、布団に包まって隠れていたリノウが、布団を放り投げて外に出てくる。投げられた布団を受け取り、アクトは静かに苦笑した。
「全く、さっきは驚いたよ。朝起きて窓を開けたら、リノウが高速で走ってくるのが見えたんだからさ。しかも窓から飛び込んでくるし」
「逃げられるとしたらここしか無かったんだよ。先生の家に忍び込む事なんかできないし。ロブさんがいたら二重に怒られるし」
「ったく、本当に脱走癖があったとはね」
 アクトは呆れて肩を竦めた。昨日の会話から理解してはいたが、まさか初日から見られるとは思ってもいなかった。
「むー。話を聞きに来てもいいって言ったのアクトじゃん」
「脱走して来いとまで言ったつもりは欠片も無いんだけど。ま、過ぎた事はもういいよ。どうせ匿ったのは俺が決めた事だしね」
 本来ならリノウを突き出してもよかったが、敢えて匿う事を決めたのはアクト自身だ。今更何を言ってももう遅い。
「さ、それじゃ俺は仕事に行くけど……どうせ、ついてくるんだろ?」
「いいの!?」
 リノウが嬉しそうに笑って、ベットから飛び降りる。尻尾が有ったらパタパタと振り回していた事だろう。
「駄目って言っても、勝手についてくるのは目に見えてるしね。どうせ初日は大した事をする訳でも無いし。それに、脱走してきた位だし、お腹も空いてるだろ? 奢るから食堂で腹ごしらえしようか」
 問いかけると同時に、グゥ、とリノウの腹部が律儀に返事を返してくる。真っ赤になって顔を逸らしたリノウの頭をポンと叩いてから、アクトは彼女と二人部屋を出た。

 安宿屋には、大体の場合安食堂が併設されている。ビニンの宿も例外ではなく、アクトとリノウはその食堂に足を運んだ。
「それで、さ……アクト。今日、は、何探、すの?」
「口の中の物飲み込んでから話しなよ」
 大盛りのハンバーグカレーを頬張りながらの問いかけに、アクトは半眼でリノウを睨んだ。
 食事マナーから行動力から、とても一介の御嬢様とは思えない。食事の好みもそうだが、どことなく子供っぽ過ぎる気もする。
 何か詰まったか、慌ててミルクを飲み込むリノウに嘆息しながら、卵サンドをつまむ。別段好みという訳でもなく、ただ一番安い物を頼んだだけ――リノウが高い料理を頼んだ分、否応なく倹約させられているだけだ。
「――っはー……死ぬかと思った」
「そのまま冥土に行っても面白かったのに。ハンバーグが喉に詰まって死んだ御嬢様、って永劫の笑い者になれたよ」
「なりたくないよ!」
「後世まで自分の名前が残るんだよ、面白いと思わない?」
「永遠に恥晒し続けるだけじゃん!」
「折角面白おかしく広めてあげようと思ったのに。そんなに嫌?」
「当たり前だー!」
 食堂全部に響き渡る声でリノウが叫ぶ。アクトは叫びをスルーして明後日を向いた。
「リノウはちょっと叫びすぎだよ。もうちょっと回りの迷惑を考えなよ」
「叫ばせてるのはアクトじゃない! とりあえず、教えてよー」
 大きく肩を落とし、リノウが視線だけを向けてくる。カレーを食べる手は止まらないままだが。
 ――どれだけ食欲旺盛なんだか。
「そんなに大した事はしないよ。今日は警察の本部に行って、資料を貰ってくるだけ。昨日の内に伝えてあるから、必要な情報は全部施設に置いておいて貰えるらしいし。本格的に探し出すのは、明日からになるかな」
「へー……ロブさんが一日も早く解決してくれって言ってたから、急ぐのかと思ったんだけど。そうでもないんだね」
「急ぐのも良いけどね。あんまり急ぎすぎると、大切な事や解決の糸口を見落とす事があるからさ。まずは情報を洗ってから、探し物を始めるのが普通のシーカーだよ」
 どんなシーカーであっても、当日中に締め切りがあるような急な仕事で無い限り、情報収集をしてから探し始める。駆け出しのレッドもベテランのグリーンも、やる事は同じだ。
「へー……それじゃ、ボクが案内するよ! アクトも案内欲しいだろうし!」
「だから連れて来たんだけどね。喰った分、しっかり働いてもらうよ?」
 当たり前だよ、とばかりにリノウが頷く。同時にカレーの皿が空く。
「食べ終わったみたいだね。じゃ、少し休んだら」
「ウエイトレスさーん、カレーお代わりー!」
 アクトは飲んでいたコップの中にコーヒーを吹いた。逆流した濁流を無言でふき取って、リノウを見やる。
「正気? カレーの大盛り、二杯目?」
「勿論だよ! あ、それとミルクパフェもー!」
 正気のようだ。挙句の果てに、デザートまで奢らせるつもりらしい。中身がなくて軽く薄い財布が、より一層薄くなる。
 ――後で請求しよう、必要経費で……。
 アクトは鉛の溜息を吐き出し、運ばれてきたリノウの食事を見て、力なく机に突っ伏した。

『お金、無いのに……』
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by sora_hane | 2008-08-30 02:02 | 小説
 *前編の続きです。

後編はこちらから。
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by sora_hane | 2008-08-30 02:02 | 小説
    1

 青空のカーテンを引き裂いて、灼熱の熱波が地表へと降り注ぐ。港沿いの散歩道から眺める大海原は、太陽光の反射鏡となっていた。海風すら生温く、普段なら鳴いているウミネコ達も、今は日陰に避難している。
 港はこの熱波にも関わらず盛況らしく、出港準備に追われる幾つもの船の隣に、また一隻入港してくる。数十分おきに船が出入りする桟橋の上は、荷物検査を待つ人達で溢れている。何人かは熱中症で倒れてそうだ。
 港の近くにあるオープンカフェのパラソルの下から、暑苦しい世界をのうのうと眺めつつ、少女はグラスの中のミルクを喉に流し込んだ。表面を氷で覆われた、カフェリントの特殊なグラスと、蜂蜜入りのアイスミルクの相乗効果で、脳まで凍りつくような気分になった。
「癒されるー……」
「気持ちよさそうね、リノウ。それにしてもホント、ミルクばっかりね」
 少女――リノウは、声の方を振り返った。ペロペロとミルクを舐めながら、大きく頷く。
「フィーナ先生みたいに、格好いい人になりたいからね」
 正面に座る女性――フィーナは、コーヒー片手に苦笑いを浮かべた。
 二十を過ぎた程度の女性で、背丈の高い人だった。飲み物と同色の髪をロングに纏めた女性で、顔立ちも綺麗に整っている。スタイルも完璧で、街を歩けば誰もが足を止めて振り返る程の女性だ。
 昔から、家庭教師として勉強を教え続けて貰っているけれど、このスタイルの維持方法だけは教えてくれなかった。
 ――まぁ、ボクのこの体じゃ無理も無いけど……。
 リノウは、自分の格好を見下ろした。草を刈られた芝生を連想する、全く凹凸の無い体。その体にフィットする空色のワンピース。今年で十五歳になると言うのに、一日に三度の割合で五歳は下に見られていた。金髪のポニーテールも、子供らしさを助長させる原因かも知れない。
 せめてもの抵抗として飲み続けているミルクも、まだ何の役にも立っていない。リノウは涙と共に溜息を吐いた。
「リノウは可愛いから、スタイル良くなくても、いい人と付き合えるわよ」
 フォローするように、フィーナが微笑みかけてくる。そんな優しい恩師を、リノウは半眼で睨み据えた。
「それってさ。ボクのスタイルは良くならない、って言いたいの?」
「人には生まれつき、どうしようもない部分があるのよ」
「はっきりと言わないでよー!」
 視線を逸らして呟いた恩師に、リノウは涙目で叫んだ。コンプレックスを包丁で抉り出された気分だ。
 彼女はゴメンゴメン、とおどけるように笑ってから、ふっと港の方を見つめた。
「それにしても、あの人遅いわね……まだ見つけていないのかしら?」
 リノウも釣られて、後を振り返った。
「ロブさん、本当に遅いねー。シーカーさん探すの、苦労してるのかな?」

 シーカー。人名ではなく、この世界に存在する仕事の中で、最も特殊な職を示す言葉。『失くしたモノを探すヒト』という仕事内容から付けられた職業名で、日常の些細な探し物から、国際犯罪者の捕獲まで、ありとあらゆる探し物を行う人々の事を示す言葉。
 シーカーを名乗る為には資格が必要で、その資格を持つだけで一流の人間として扱われる。故に審査は苛烈を極め、相応の試験を受けて通らなければ、シーカーを名乗る事は許されなかった。
「今日は人が多いから、苦労してるでしょうね」
 フィーナはそう言うと、椅子を引いて立ち上がった。
「リノウ、待っててくれる? 私もあの人を手伝ってくるわ」
「分かった、待ってるよ! 元々ボクが勝手についてきただけだしね」
「それじゃ、お願いね」
 彼女は優しく微笑んだ後、陽炎の立つ港へと駆け出していく。炎天下へと駆け出していく恩師を見つめながら、リノウは一人チビチビとミルクを舐め続けた。
 と。
「あの、お客様」
 不意に声を掛けられ、リノウは首だけで振り返った。後に立っていたウエイトレスが、申し訳無さそうな表情で聞いてきた。
「申し訳ありませんが、相席をお願いできませんか?」
「相席?」
 リノウは店を振り返った。座れる席は全て使用されていて、空席が一つすらない。それに、四人用の席に一人で座っているのだから、相席を頼まれても当然の話ではある。
 ――四人用の席だし、先生達が座っても十分座れるかな。
「良いよ!」
「ありがとうございます。お客様、どうぞこちらに」
「ありがとうございます」
 ウエイトレスが一礼して、店の中へと戻っていく。彼女と入れ替わるように、一人の人間が姿を見せる。血色の髪をした、背丈の低い少年だった。涼しげな長袖の上着と長ズボンだが、酷く使い古されている。服同様に使い込まれたリュックを見ると、旅人か何かだろうか。その割には、酷く細身なのが気になるが。
 ――ボクと同じ位かなー。
 顔立ちを見る限り、年はそう離れてない。同年代の旅人――興味が湧いてきた。このまま無言で時を潰すのもつまらない。
 リノウはミルクを机において、少年に声をかけた。
「ねぇ! 君、旅人?」
「私、ですか?」
 驚いた様に少年が言う。リノウはコクコクと頷いた。
「うん。折角相席になったんだし、年近そうだから、話相手になって欲しいなって思って。あ、敬語は良いよ。ボクと同い年位みたいだし」
「……君の読み通り。ついさっき、連絡船から降りてきたばかりだよ」
 少年も、敬語を抜いて話に乗ってきてくれた。その事を、少し嬉しく思った。
「へー。その年で旅人なんて凄いね! 特に当ての無い旅なの? こんな辺鄙な街に来たって事は」
 リノウが住処とするこの街、ビニンは良く言って田舎だった。観光や漁業、交易によって成り立つ街。若者が立ち寄る事は非常に少なく、元々その数も少ないので、若い人間が楽しめる施設は極端に少ない。
 そんな街にわざわざやってきた事を考えると、風が吹くままに世界を放浪している人かと思ったのだが、少年はあっさりと否定した。
「いや、そうでもないよ。ここには用事があって来たんだ。そういう君は、地元の人間?」
「うん。あ、自己紹介してなかったね、ゴメン。ボクはリノウ=フィルト」
 自己紹介をした途端、彼は目を瞬かせた。
「フィルト? フィルト家の娘さん?」
 ――あ、知ってたんだ。
「うん。よく知ってたね」
 リノウは驚きながら、少年の質問を肯定した。
 フィルトはリノウが籍を置く家の名で、この街を治めている貴族、リガード=フィルトの家名。ビニンの中ではフィルトの名前は有名だが、旅人まで名前を知っているというのは予想できなかった。
「これから行く場所の情報位、知っておいた方が色々楽だからね。ここに来る前に、領主の名前は調べておいたんだよ。それにリガード卿は、ストラグル本国でもそこそこ名を知られた地方の貴族だしね」
「凄いね。旅人、って誰でもそんな事してるの?」
「僅かな人間だけだと思うよ。普通は知らなくてもいい情報だし」
 言われてみれば、その通りだ。彼は楽だ、と言ったけど、その地方の貴族を知らなかったとしても、大した問題にはならない。
「それじゃ、どうして――えっと」
「あぁ、ゴメン。俺はアクトって呼んでくれ」
 言い淀んだ事で、言いたい事は分かって貰えたらしい。改めて尋ねる。
「アクトだね、分かった。アクトはどうして、そんな事を調べてきたの?」
「リガード卿は、俺がこの街に来た用事に関わってくるから、かな」
「関わってくる?」
 ――父さんが、アクトと?
 リノウはもう一度、目の前の旅人を見つめた。薄汚れた、お世辞にも質が良いとは言えない服に、自分と変わらない年頃の子供。片や、この街を治める街長である、この街が属するストラグル皇国においても地位を持つ貴族。両者の接点について考えてみるけれど、何も思いつかない。
 アクトは何も言う気はないのか、運ばれてきたオレンジジュースを飲みながら、楽しそうに見つめてくるだけだった。
 結局リノウは白旗を上げる気持ちで、アクトに尋ねた。
「父さんや母さんに、どういう用事なの?」
「分からなかった?」
「……うん」
「だろうね。それじゃ、教えるよ」
 彼は楽しそうに笑うと、実は、と呟いてから――

『おーい、リノウー』
 その続きが告げられるよりも先に、二人分の声が飛んできた。両方とも聞き覚えがあって、さっきまでパラソルの下で涼んでいた人の声。
「リノウの知り合い?」
「うん。ロブさーん、フィーナ先生ー! シーカーさん、見つかったー?」
 振り返りながら、大声で問い掛ける。けれど、叫んだ端から分かってしまった。桟橋から汗だくで駆けてくるのは、二人分の人影しかない。目的の人間が見つからなくて、仕方なく引き返してきたのだろう。
 二人は汗だくのままパラソルの下に駆け込んできて、その場で荒く呼吸を繰り返す。リノウはフィーナの荷物から濡れタオル二つ取り出して、それぞれに手渡した。
「助かるよ、リノウ。本当に暑かったぞ……結局、見つからなかったし」
 生気の無い声で、ロブが零す。瞳がどこか遠くを見ている。理知的な顔付きの青年だが、この死人以上に生気の無い表情を見て、美男だと判断できる人間は一人も居ないだろう。
「本当に死にそうだったわよ。所で、彼は?」
 フィーナの虚ろな眼に、アクトの姿が映りこむ。リノウは一度頷いて、二人に向けて紹介した。
「あ、ゴメン。アクトっていう旅人だよ。店が混んでたから相席になっちゃって、ちょっと話してたんだ」
「初めまして。そして『お待ちしておりました』。約束通り、カフェリントにて」
 彼は、リノウの説明の続きを受け継ぎ――訳のわからない言葉を口にした。
 ――待ってた?
 同じ疑問は二人も覚えたのだろう、ロブとフィーナが怪訝そうな顔付きになる。アクトは三人分の視線を受け流すと、リュックの中から小さなカードを取り出して、机の上に差し出した。手にとって、二人と共に覗き込み――
 時間が凍り付いた。
『え?』
 壊れた人形のように、二人がゆっくりとアクトを振り返る。リノウはアクトが手渡したカードから眼が離せなかった。
 そして、凍り付いた時間の中に、あっさりと少年の声が割り込んできた。
「ビニン地区治安警察隊の副隊長・ロブさんですね。シーカー本部、シークスより派遣されたレッドシーカーのアクトと申します。以後お見知りおきを」
『――えぇぇぇ!?』
 三人分の大声が、港の喧騒を引き裂いて大通りまで響き渡った。

「ボクと同じ年の子供でも、シーカーになる事ができるなんて……」
 アクトの発言によるショックから抜け出した後、リノウはカードを持ったまま、呆けた声で呟いた。手にしている物は、シーカー達が身分証明に使うカードで、これが無ければシーカーと名乗る事を許されなくなる物。言い換えれば、これを持つ者がシーカーだと名乗れるカード。
 カードをアクトに返す。彼は肩を竦めると、苦そうに笑った。
「シーカーって聞くと、大抵は三十前後のオッサンを想像するらしいね。リノウもそういう想像してたの?」
 アクトの問いに、リノウだけでなく、二人も大きく頷く。
 絵画や文章で描かれるシーカーの多くは、百戦錬磨の男が用意される。状況次第では荒事を行わなければならない仕事だから、戦闘能力も高水準の人間が必要になる事が多い。
 けれど、目の前の少年が荒事に秀でているとは、とても思えなかった。
「幻想が吹き飛んだ気分だよー。強そうな人が来るんだろうな、って思ったら、アクトみたいな子供が来るなんてさ。この分じゃ、他のシーカーさんも似たような物なの?」
「いや、大体リノウのイメージで合ってると思うよ。俺みたいな子供がシーカーになった事が奇跡だし。まだまだ駆け出しの下っ端だしね」
 リノウは、もう一度アクトの全身を見回した。痩せた体に、同じ年の少女と殆ど変わらぬ背丈。荒事の経験など無さそうな、穏やかな空気――
「下っ端って言うか、シーカーの真似事してる子供みたい」
「……気持ちは分かるけど、納得したくないな」
 アクトが不満そうに、唇を尖らせる。と、そんな彼に向けて、ロブが注意を引くように片手を上げた。
「アクト君。一つ、聴いてもいいか?」
「えぇ、いいですよ?」
「今回の依頼では、シーカー本部にグリーン以上のシーカーを派遣するように申請した。名前は載っていなかったが、グリーンシーカーを送るとも返答があった。それがどうして、レッドに変わった?」
 疑問点を尋ねるというより、威圧する声だった。多少、苛立った声でもある。けれど、リノウにも彼の気持ちがわからない訳ではなかった。
 シーカーはその能力を、色によって識別される。レッドは最下層のシーカー。アクトが発言した通り、下っ端だ。警察が要請したのは、グリーン――レッドの三段上の人間。逆説的に言えば、それ以上のシーカーが必要な依頼だという事。なのに、送られてきたのは駆け出しの新人、そして子供。要請した立場としては、黙ってはいられない筈だ。
 ロブからの敵意に近い視線を真っ直ぐに受け止め、しかし、アクトは何も感じていないかのように肩を竦めて、
「本部もその予定だったらしいんですよ。ただ、送られてくる予定だったグリーンシーカーのライアが、直前に死亡しましてね。他のシーカーも動けないため、仕方なく私が送られたんです。念の為に言っておきますが、私を送り返した所でまたここに送られてくるだけですよ」
 強い口調ではなく、ただただ事実を突きつける静かな声。ロブは暫く彼を睨み続けていたが、結局、諦めたように眼から力を抜いた。
「そうか。正直な所、今すぐ他のシーカーと変わって貰いたかったが、そういう事情なら致し方ない。君で我慢しておこう」
「そうして頂けると助かります。何度も往復するのは船代の無駄ですから」
 オレンジジュースを美味そうに飲みながら、アクトは穏やかに微笑んだ。不名誉な事を言われたのに、怒りは何も見せなかった。彼自身がその扱いに納得している風にも見える。
 グラスを空けた後、空気を切り替えるように、アクトが軽く机を叩いた。
「さて、宜しければ仕事の内容をお聞かせ願いたいのですが。まずは場所を移しますか?」
「そうだな。人に聞かれて問題が有る話ではないが、これ以上占拠するのも迷惑だ。それに、話の場所は確保しておいたからね」
 リノウは店を振り向いた。灼熱の桟橋から上がってきた人達が涼みに来ているのか、店は戦場のような忙しさになっている。店の外で待つ人も多数だ。迷惑、というのも頷ける。
 皆が同時に席を立つ。リノウもミルクを飲み干して腰を上げた。
「それじゃ、ここのお金は私が出しておくわ。あなた、後はお願いね」
 二つの伝表を持って、フィーナが腰を上げる。アクトが即座に頭を下げた。
「ありがとうございます、助かります。では、案内をお願いできますか?」
「ボクもついていっていい?」
 反射的に、リノウも声を上げた。アクトとロブ達だけで話すべきだと分かっているけど、ここから又暇になるのも嫌だった。それに、シーカーの話を――旅人の話を聞けるかもしれない機会なのだから。
 ロブの答えは、単純な物だった。
「あぁ、構わないよ。二人とも、俺について来てくれ。リノウにとっては、家に帰るだけの話なんだけどな」

移動中……
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by sora_hane | 2008-08-30 02:01 | 小説
 *前編の続きです。

後編はこちらから。
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by sora_hane | 2008-08-30 02:01 | 小説
「ギァァッ……!」
 獣を彷彿とさせるような、断末魔の叫び声。闇の中で轟いた男の声は、不気味な余韻を残して闇に消えた。

 曇天の雲に阻まれて、月明りが地表へ到達しない夜。闇に沈んだ世界の縁に、暖かい輝きが一つ有った。命を終えた枯枝と、魂の消えた屍を糧に、闇を跳ね返す焚火の光だ。
 焚火を中心に広がった、同心円状のドームの中、ベンチのような倒木の上に二つの存在が座っていた。血を思わせる黒い深紅の髪を持つ少年と、夜を塗りつけた髪の色をした青年。焚火をじっと見つめる青年の隣で、少年は無言のまま、一枚の紙を見つめ続けている。
 沈黙の帳を裂いて声を上げたのは、青年の方だった。
「遠い場所ばっか回しやがって……あのオッサン、いつか千切り殺してやる」
「過労死させるつもりか、って言いたくなるね。でもまぁ、仕方ないんじゃない?」
 青年の不平に、少年が間髪入れずに返答する。淡々として、感情が篭っていない声だった。青年が大きく肩を落とす。少年は彼に取り合う事無く、じっと紙を見つめていた。
「仕方ないじゃねぇよ。これで何ヶ月連続だよ……いい加減休ませろ、っつーの」
「なら、仕事を受けなければ良かったじゃないか。別に強制じゃ無いんだしさ」
 小馬鹿にしたような少年の呆れ声。青年の表情が微かに引きつって、
「馬鹿言え、お前! この仕事、どれだけ高額か分かってんのかよ!?」
「金目当てなら無駄口叩かずに仕事しなよ」
 溜息を付きながら、少年が顔を上げる。彼は紙を握り潰し、焚火の中へ投げ込んだ。灰色の煙を上げて、紙切れが焔の中に熔けていく。
 紙が消えるのを見届けてから、少年は倒木から腰を上げた。
「まぁ、仕事内容が内容だけに、断り難いのは確かだけどさ。殺しだしね」
 少年が燃え盛る焚火に視線を投げる。焔の糧となって燃え盛る男の屍に。
「まぁな。けど、流石に次来たら断るぞ」
 青年がうんざりと呟く。少年が其れに言葉を被せた。
「報酬が高ければ?」
「受ける」
 迷いも躊躇いも無く言い放った青年に、少年は肩を竦めて足元のリュックを持ち上げた。小柄な少年を覆い隠していた外套が、夜風に大きく翻る。
「だろうね……それじゃ、俺はそろそろ行くよ。しっかりと仕事してくれよ」
「お前もしっかりやれよ」
 焚火の暖に包まれたまま、青年が間延びした声で言う。少年は振り向く事無く、ただ短く手を振っただけだった。
 少年の姿が、光のドームから夜色の世界に溶けていく。暗闇を歩く少年の足音が、夜の草原にいつまでも響き続けていた。
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by sora_hane | 2008-08-30 02:00 | 小説